グラビティ解除
グラビティ解除
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「身体が重い?」
「ええ、なんだか全身に錘をつけられているような感じがずっとしてて……ちゃんとご飯も食べて、しっかり寝ているのに疲れがいつまで経っても消えないの」
エルナ母さんの問いに、エリノラ姉さんがぽつりと答えていく。
その原因は間違いなく俺だ。
自動剣術による稽古を始めてから、俺はこっそりと毎日エリノラ姉さんにグラビティの魔法をかけ続けている。
気付かれないように少しずつ少しずつ魔法の強さを上げて、エリノラ姉さんの身体にかかる重力を強くしているのだ。
あれから二週間は経過して、重ねがけしていっているので身体を重く感じるのは当然である。
「ねえ、これってもしかして風邪ってやつなのかな?」
それなのに気付いていない当の本人は、不安げな表情を浮かべている。
信じられないことにエリノラ姉さんは、生まれてから体調を崩したことは一度もない。
怪我や病気とは無縁だったせいで、自らの身体に起きている明らかに異変に不安になっているらしい。
……どうしよう、すごく笑いそうだ。
エリノラ姉さんの身体に起こっている異変は間違いなくグラビティによるもの。
それに気付かずに『風邪かな?』って、どう考えても人を笑わせにきているとしか思えない。
もしかして、わかっていて笑わせにきているんじゃないだろうか。そうだとしたらエリノラ姉さんも随分と愉快になったものだ。
「大丈夫、姉さん? 熱はないみたいだけど……」
「……そう」
傍では心配げな表情をしているシルヴィオ兄さんが、エリノラ姉さんの額に手を当てている。
やめてくれ、爆笑してしまいそうだ。
俺が必死に笑いを堪えている中、エルナ母さんとノルド父さんは心配するでもなく何を言っているんだとばかりの顔をしている。
「……エリノラ、なにをおかしなことを言ってるの?」
「ええ? 母さん、酷い。あたしは別に嘘なんて言ってないのに……」
「いえ、そういうことじゃないわ。グラビティをずっとかけられていれば、身体がずっと重いのは当然でしょ?」
「え? グラビティってどういうこと?」
やっぱり、エルナ母さんは気付いていたようだ。
しかし、それをかけられていた本人はまるでわかっていないのが笑える。
この反応にエルナ母さんは目を丸くする。
「え? ノルドが訓練でさせているんじゃなかったの?」
「いや、僕はそんなことさせていないよ。エルナの指示じゃないのかい?」
「違うわよ」
どうやら二人とも互いに指示の上でかけられていると思っており、放置していたようだ。
うん、さすがにこの二人は気付くよね。
「ちょっとお花を摘んでくるよ」
「サーラ、捕まえて」
「はい」
そろそろバレそうだったので適当な理由をつけて逃げようとしたが、控えていたサーラに捕まえられてしまう。
「ちょっと! トイレに行きたいんだけど!?」
「そんな見え透いた嘘はいいから」
俺の必死な抗議をエルナ母さんがバッサリと切り捨てた。
親子の絆が足りない。
「ねえ、あたしにグラビティがかけられていたってどういうこと?」
「エリノラにかけられていたのは無属性魔法のグラビティよ。重力で敵を押しつぶしたり、相手にかかる重力を上げて動きを阻害するために使われるわ。かけられると全身に錘がついているかのような状態になるの」
「ええ? あたしの身体が重いのは魔法のせい? 誰がそんなことしたの?」
「うちで無属性魔法を使える子は一人しかいないでしょう?」
エルナ母さんが呆れたように言うと、エリノラ姉さんの首がギギギとこちらを向き、こちらに襲い掛かってきた。
サーラが手を離してくれたのでたまらず逃げ出す。
しかし、俺の身体能力では敵うはずがなく、瞬く間にソファーへ引き倒された。
グラビティをかけているはずなのに動きが速すぎる。
「最近、ずっと身体が重いと思ったらアルの仕業だったのね!? あたし、本当に病気かと思って不安だったんだから!」
「バカなエリノラ姉さんが風邪なんてかかるわけないじゃん! 大体、気付かない姉さんも悪いんだよ!」
「なんですってー!」
「こら、二人ともやめなさい」
エリノラ姉さんと揉み合っていると、エルナ母さんが叱りの声を上げた。
それによって馬乗りになっていたエリノラ姉さんが、渋々ながらも退いてくれる。
助かった。このままエリノラ姉さんに蹂躙されるところだった。
このままソファーにいるのも怖いので、ひとまず安全な椅子に戻る。
「アルはどうしてエリノラに魔法をかけていたんだい?」
「自主稽古の時間を減らすため。グラビティをかけておけば、エリノラ姉さんもすぐに疲れて稽古も短くなるかなって」
「それでずっとかけ続けていたってわけかい?」
「うん、そうだよ」
別に毎日少しずつ強度を上げていっても全然気づかないから、面白くなってどこまでやったらバレるのかなーなんて遊んでいたわけではない。
「アル、心の声が漏れてるわよ」
「ええっ!」
なんて思っていただけのつもりが、どうやら心の声が漏れていたらしくエルナ母さんに指摘された。
目の前ではエリノラ姉さんが顔を赤くして頬を膨らませていた。
「アルの魔法が巧妙なのかエリノラの魔力感知が低すぎるのか……」
「多分、両方だと思うわ」
ノルド父さんとエルナ母さんが頭の痛そうな顔をしている。
最大の要因は後者だと思う。他人に魔法をかけられて気付かないとか間抜け過ぎる。
「エリノラ姉さんは剣の稽古ばかりし過ぎだよ。もっと魔法の勉強もすべきだよ」
そうすれば、俺とシルヴィオ兄さんを自主稽古に連れ出す時間も減って万々歳だ。
「それもそうね。春になったら王都の騎士団に行ってしまうから、魔法の授業と稽古を増やしましょうか」
「うん、剣については十分といえるレベルだし」
「えええっ!? 冗談でしょ?」
今回の事件の間抜け具合に二人も教育方針を見直すことにしたようだ。
やった。これで自主稽古の時間が減る。
喜んでいるとエリノラ姉さんから睨みつけるような視線が飛んでくる。
俺なんかの意見が通るってことは、元から考えていたってことだよ。
申し訳ないけど恨まないでほしい。
「とりあえず、アルはエリノラにかけた魔法を解除してあげなさい」
「はーい、グラビティ解除」
エルナ母さんに言われて素直に魔法を解除してあげる。
「わっ、すごい! 身体が軽いわ!」
すると、エリノラ姉さんが立ち上がってダイニングを元気に動き回り始めた。
かなりの強度のグラビティを二週間ずっとかけていたので、それが無くなれば身体が軽いのは当然だ。きっと今は、身体が羽のように軽いに違いない。
「なんだか身体を動かしてきたくなったわね……」
エリノラ姉さんが、こちらに獰猛な視線をやってくる。
「ちょうどいいじゃない。アルが手伝ってあげなさいな」
「きちんとエリノラの魔法が解けているか確かめてあげないとね」
「えええっ!? 魔法が解けているなんて一目見ればわかるじゃん! 本人も軽くなったって言ってるし!」
そのように突っ込むが、エルナ母さんとノルド父さんは素知らぬ顔でティーカップを傾けた。
今日は珍しくエリノラ姉さんに報復を受けていないし、あまり怒られてもいない。今日の運は俺に回ってきていると思っていたが、そう上手くはいかなかったようだ。
まさか急にここで突き放してくるとは。
「シルヴィオ兄さん!」
「あはは」
頼りになる兄に助けの視線を求めるも、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
力になってくれないことを即座に理解した俺は、再び逃亡を試みる。
しかし、エリノラ姉さんがそれよりも早い動きで回り込んできた。
「速っ!」
「ええ、誰かが変な魔法をかけてくれたお陰でね! さあ、稽古に付き合ってもらうわ!」
エリノラ姉さんは黒い笑みを浮かべると、俺の首根っこを掴んだ。
「ひ、ひいいっ!」
「もうすぐ朝食だから早めに切り上げるのよー」
「はーい!」
グラビティによる二週間のウェイトトレーニングを重ねたエリノラ姉さんは、ここ最近の中で一番の動きのキレを見せた。
もしかして、俺がかけていた魔法は逆効果だったのでは……?
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