若さという名のエネルギー
若さという名のエネルギー
メリークリスマス
翌朝。俺は胸やけ、胃もたれといった不快感に苛まれることなく、肌にニキビが浮かび上がることもなく爽快な目覚めを迎えた。
朝食が食べられないなんてこともなく、いつも通りに食べることができた。
深夜に揚げ物を食べたというのに、翌日の体調に何も影響がない。
信じられない。これが七歳児の新陳代謝ってやつか。
若さという名の力を今日ほど恐ろしく感じたことはない。
「何を笑ってるのよ?」
若さの素晴らしさに微笑んでいると、エルナ母さんが怪しむような視線を向けてくる。
「なにも」
「何もないのに笑ってるだなんて変な子ね」
「エルナ、アルが変なのは今更だよ」
若さの素晴らしさについて説いたところでエルナ母さんから共感が得られるはずがない。
下手をすれば、若さ自慢をしていると思われ、制裁を受ける可能性がある。
酷い言われようだけど、ここは我慢だ。
「ミーナ、紅茶のお代わりをお願い」
「わかりました」
食後の紅茶のお代わりを頼むと、控えていたミーナがティーカップを受け取ってくれる。
ワゴンにあるティーポットから紅茶を注ぐのだが、いつまで経ってもミーナが下がらない。
というか、むしろ俺に顔を近づいてきている。
「なに?」
「スンスン……アルフリート様から揚げ物の匂いがします」
遅い時間だけあってお風呂に入ることはできなかった。そのため僅かに残り香のようなものがあったのだろう。
料理をした時とは違う服を着ているのに気づくとは、さすがは食い意地が張っているミーナだ。
「気のせいじゃないかな?」
「いいえ、バルトロさんと同じ匂いがします」
「バルトロと同じ匂いっていうのはやめてよ」
彼が揚げ物をした後の匂いと同じだと言いたいのだろうが、おっさんと同じ匂い扱いはやめてもらいたい。
「揚げ物? 朝食に揚げ物なんて無かったよね?」
「なかったわね」
「それなのにどうしてアルから揚げ物の匂いがするんだい?」
「きっと私たちの寝静まった夜に揚げ物を作っていたんですよ! そうに違いありません!」
「道理で朝から妙にご機嫌なはずだわ」
ノルド父さんが不思議そうに首を傾げる中、ミーナとエルナ母さんだけが確信を持った表情で言った。
……なんでそこまで正確にわかるんだろう。あまりにも正解にたどり着くのが早過ぎて怖い。
「バレたか」
「深夜に揚げ物を食べるなんてとんでもない行いですよ! アルフリート様!」
「そうよ! ここ最近はミスフィード家でお上品な料理ばかり食べていてガッツリとした揚げものが恋しくなっているのに一人だけ堪能するなんてズルいわ!」
素直に犯行を白状すると、ミーナとエルナ母さんがいきり立つ。
「いや、ミーナもエルナも突っ込むべきところはそこじゃないよ!? というか、アルはミスフィード家の厨房を勝手に借りたのかい!?」
「いや、ちゃんとロレッタと料理人から許可は貰ったよ」
さすがに公爵家の厨房を勝手に借りるような失礼な真似を俺はしない。だから、ミーナもエルナ母さんも「買収した」なんて人聞きの悪いことは言わないで欲しい。
「そ、そうかい。ならよかったよ」
ノルド父さんがホッとしたように胸に手を当てた。
「もうちょっと俺を信用してよ、ノルド父さん」
「ごめんごめん。アルは少し目を離すと仕事の話を広げてきたり、変な事件を起こすことが多いから」
「いくら俺でも毎回毎回面倒事を持ち込んだりしないって」
などと誤解を解きつつティータイムを終えると、俺とノルド父さんは揃ってシューゲルの執務室に呼び出された。
「アルフリート殿、私に揚げ物料理を振る舞ってくれないか?」
「「…………」」
ノルド父さんの呆れたような視線が突き刺さる。
ほら、ただでさえ忙しいのにまた仕事の話が広がったとでも言いたげだ。
どうやら昨晩の料理についての報告が入ったらしく、ミスフィードの料理人たちが是非とも揚げ物料理を取り入れたいと懇願されたらしい。
「料理長から直々にお願いされたのだが、私は揚げ物とやらを食べたことがないので判断がつかん。よってどのような料理か食べてから必要かどうかをミスフィード家の当主である私が判断し、後々にアルフリート殿と交渉したいと思っている」
立派な建前を述べているけど、要は美味しそうだったから自分も食べてみたいってだけな気がする。
というか、あの場に公爵家の厨房を預かるような偉い人がいたの? ただの深夜番のような人たちだと思って気楽に接していたんだけど。
チラリとノルド父さんの顔を窺うと、無言でこくりと頷いた。
料理のことについてはわからないから、とりあえず交渉は任せるって感じかな。
「えっと、ミスフィード家の料理人たちが作るのではダメなのですか?」
「調理法としては簡単かもしれないが油の選定や適切な温度管理、衣の仕上がり、揚げ時間の見極めてといった難しい部分が多いと聞いた」
こんな短時間でそこまでのことに気付くだなんて料理人たちは夜通しで揚げ物料理に挑戦していたに違いない。
揚げ物というのは一見してかなりシンプルなようだが、美味しく揚げるのはかなり難しい。
有名な天ぷら職人なんかは、素材を見た瞬間にどう判断して揚げるかに十年もの歳月が必要と述べるほどだ。
実際にやってみた料理人たちは調理法の表面部分をなぞるだけでは、かなり時間を要するものだと気付いたのだろう。
「それにアルフリート殿がミスフィード家の厨房で振る舞ってくれた料理を対価も無しにミスフィード家の料理人が社交界などで振る舞ってしまえば、調理法を盗んだとの誹りを受けることになってしまうからな」
社交界で振る舞いたいというのは初耳だが、シューゲルとしてはそういった展開も見据えているらしい。
我が家としてはそんな抗議をするつもりは無いが、公爵家としての面子があるようだ。
確かに社交料理としての展望を考えているのであれば、正式に俺からレシピや指導料を買い取るのが一番筋としては通っている。
とにもかくにもミスフィード家の料理人や、シューゲルとしては俺に料理を振る舞って欲しいと考えているようだ。
「試食の対価として照明の魔道具を一つ進呈したいと思っている」
俺が照明の魔道具を欲しがっていることをロレッタから聞いたのかな?
これにはノルド父さんの眉がピクリと動く。
シューゲル一人に料理を作ってあげるだけで金貨数枚分の魔道具を貰えるのだから、対価としてはかなり美味しい。
もし、シューゲルが揚げ物を気に入ったらレシピの買い取りや、調理法の指導などが面倒ではあるが、この分だとそちらの方の対価もかなり期待できるだろう。
豊かなスローライフを送るためには、魔道具はいくつあってもいい。
「父上、私としてはシューゲル様に料理を振る舞いたいと思っているのですが、いかがいたしましょう?」
「私としても異存はないよ。シューゲル様のために美味しい揚げ物料理を振る舞ってさしあげなさい」
公的な場とはいえ、ノルド父さんと仰々しい会話をするのがちょっとおかしい。
「わかりました。私でよろしければ、揚げ物料理を振る舞わせていただきます」
正式にノルド父さんの許可も貰ったことだし、今回ばかりは俺も怒られることはないな。
「感謝する。本日の夕食でどうだろうか?」
「問題ありません」
こうして俺はシューゲルに揚げ物料理を振る舞うことが決定したのだった。
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