被疑者から容疑者
被疑者から容疑者
前話の文章とタイトルを修正しました。
ふと周りを見れば、壮年の料理人以外にもたくさんの料理人がやってきており、食材の下処理を手伝ってくれる。
「私の提案からアルフリート様には大きなご負担をかけることになってしまいました。申し訳ございません。私共でよければ、思う存分に使ってください」
「助かるよ」
壮年の料理人の言葉を受けて、俺は素直にミスフィード家の料理人たちの手を借りることにした。
ここまで規模が大きくなってしまった以上、串揚げパーティーは絶対に成功させなければならない。優先させるべきはきっちりと料理を完成させることだからね。
壮年の料理人にはこのままジャガイモの下処理をお願いし、他の料理人には豚肉、牛肉、鶏肉、魚介類とった食材の下処理をお願いする。
ミスフィード家の料理人がテキパキと動いてくれる。
「そっちはどう?」
地獄の下処理から解放された俺はミーナとラーちゃんの様子を確認する。
「食材が多すぎて串打ちが間に合いません!」
ロレッタだけでなく、ミスフィード家の料理人からもカットされて一気に供給スピードが上がったせいか串打ち班の作業スピードがまったく追いついていなかった。
二人の周りにカットされた食材たちが積み上がっていく。
「アル、疲れた。それに飽きてきた」
既に串打ちを開始して一時間ほどが経過している。
立ちっぱなしでの作業だから疲れてしまうし、ずーっと串打ちをするっていうのも飽きてしまうよね。
「じゃあ、座りながら串打ちをしようか」
俺は厨房の端に置いてあったイスを手で引き寄せると、ラーちゃんと一緒に腰掛ける。
「でも、座りながらじゃできないよ?」
「大丈夫。俺たちにはサイキックがあるから」
俺はイスに座った状態のままでサイキックを発動した。
カットされた食材と串を操作し、俺は空中で食材の串打ちを行った。
「ほら、サイキックを使えば、座りながらでも串打ちができる」
「おー! わたしもやる!」
サイキックを使用しての串打ちにラーちゃんはすっかりと心を動かされたらしい。
ラーちゃんは俺と同じイスに腰かけると、目をキラキラとさせてサイキックを発動。
輪切りにされたナスを空中に固定させると、ゆっくりと同時操作した串を挿し込んだ。
「できた!」
「いいね! その感じ!」
座って休憩しながらでも串打ちができれば十分な戦力だ。
とはいえ、戦力が一から二に戻っただけだ。このままのペースでは到底串打ちが間に合わない。
「俺はもっとたくさんの串打ちをするよ」
俺はナス、ピーマン、ミニトマト、レンコン、ジャガイモ、ニンジンといったすべての野菜を空中に浮遊させると、サイキックで操作した串を一気に差し込んだ。
「わあああー! アル、すごい!」
同時操作による串打ちを見て、ラーちゃんが目を輝かせて拍手してくれる。
「ラーちゃんも努力すれば、一流の串打ち職人になれるさ」
「わたしも一流の串打ち職人になる!」
こうしてラーちゃんは一流の串打ち職人になるべく、サイキックでの串打ち作業に没頭する。ラーちゃんの技量では同時に串打ちできる数は二つだけど、手作業よりも何倍も早いので作業ペースは上がったと考えていいだろう。
「肉類のカットはこんな感じで問題ないでしょうか?」
「……全体的にもう少し小さめでお願い」
串揚げはコロコロとした食材をたくさん楽しめるのが一番なので小さめにカットするのがいい。大きくカットすると中まで火が通っているかわかりにくく、ついつい揚げ過ぎてしまうからね。
「わかりました!」
「それと手羽元は骨に沿ってハサミを入れてほしいかな」
「骨から身を分離させるのですか?」
「いや、ギリギリ分離はさせないよ」
俺は手羽元を一つ取ると、骨に対して直角に切れ込みを入れる。
両手で関節部分を折るようにして二本の骨を剥き出しにすると、それぞれの指で少し出ている骨をつまんで、上から真下へ。骨に沿って指先で骨と肉を剥がす。
骨がしっかりと出たら手羽を右手で持って、細いほうの骨をぐるぐると回転させて取り除く。あとは手羽先の先端部分を切り落とし、肉の形を整えたらチューリップの完成だ。
「こんな感じ! こうすると骨を気にすることなく、思いっきりかぶりつけるんだよね。それに骨が串の役割になるから串もいらないんだ」
「なるほど、そこまでの考えが! 勉強になります!」
いや、すごいのは前世で工夫していた料理人たちでまったく俺はすごくない。だけど、そんな言い訳もできないので黙って受け入れるしかなかった。
食材の仕込みと串打ちは他の皆に任せて、俺はバッター液を作成する。
バッター液に関しては色々な配分のものがあるが、俺のは小麦粉に牛乳を溶くだけでのシンプルなもの。これにきめ細やかなパン粉をつけるだけで十分だ。
ソースに関しては一から手作りしている時間がないので空間魔法を発動して、こっそりと事前に作成しておいたものを持ち込む。
こればっかりは一日やそこらで作れるものじゃないからね。
「アルフリート様、すべての食材の串打ちが終わりました!」
持ち込んだソースを容器に移し替えていると、ロレッタからそのような報告が上がった。
気が付くとテーブルの上には串打ちされた具材たちが並んでいた。
「おお、ここまでたくさんの具材が並んでいる姿は壮観だね」
肉類も少し小さめにカットされており、手羽元もひとつひとつが綺麗なチューリップになっていた。
さすがはミスフィード家の調理人。腕がいいね。
「早速、揚げていきますか?」
壮年の料理人が提案してくる。
「そうしたいところだけど、今から揚げるとパーティーが始まる頃には冷めちゃうよね?」
「そうですね……」
俺が懸念していることがわかっているのだろう。壮年の料理人が表情を難しいものにする。
串揚げは熱々でいただくからこそ美味しいのだ。
冷めた串揚げを出したところで全員が喜んでくれるとは思えない。
「パーティーを立食形式にして、開始と同時に揚げるっていうのはどう?」
「立食形式ですかッ!? いや、でもそれならば串揚げをもっとも美味な状態でお客様にお出しすることができます!」
壮年の料理人は我に返ると、すぐに厨房を飛び出していった。
恐らく、シューゲルの許可を取りにいってくれたのだろう。
「アルフリート様! シューゲル様の許可がいただけました!」
「ありがとう」
じゃあ、あとはパーティーが開始してから揚げればいいだけだ。
細かい会場の準備やら食器類の準備などはミスフィード家の使用人にお任せして、俺は自室へと引っ込むことにした。
●
自室に戻ろうと玄関を通ると、ちょうどノルド父さんとエルナ母さんが帰ってきた。
ノルド父さんと腕を組んでいるエルナ母さんは実にご機嫌そうだ。
二人っきりでのデートがよっぽど楽しかったのだろう。
「ただいま、アル」
「お帰り。久しぶりの王都観光は楽しかった?」
「ええ、お陰様でノルドとゆっくりとした時間を過ごせたわ」
「アルがスリーパスを紹介してくれたお陰でお揃いの枕も買えたよ」
「それはよかった」
この様子からして二人は試食会が立食パーティーに変更になったことについては知らなさそうだな。
「シューゲル様に振る舞う串揚げの準備はできているかい?」
「できてるよ。あとは時間になったら揚げるだけ」
「それはよかった」
どうせ後で二人ともシューゲルに呼びつけられることになるんだ。その時に教えてもらえばいい。知るタイミングがここになるか少し後になるかの些細な違いだ。
「……アル、なにか隠していない?」
適当に言葉を切り上げて部屋に戻ろうとしたタイミングでエルナ母さんが尋ねてくる。
「え? 急にどうしたの?」
突然、斬り込まれた言葉に俺は内心では慌てながらもそれを表情には出さず、素で驚いたように聞き返してみせた。
「え! アルが何か隠しているのかい?」
「ええ、あの子は絶対に何かを隠しているわ!」
「アル、隠していることがあれば、話してくれないかい? きっと僕たちに関係することなんだろう?」
「ねえ、二人とももっと息子のことを信じようよ?」
エルナ母さんがちょっと疑いの言葉をかけた瞬間に、穏やかな表情をしていたノルド父さんまでもが急に被疑者を見るような目つきになった。
……この二人に親子の信頼というものはないだろうか?
「それもそうだったね。いくらエルナが疑っているとはいえ、もうちょっとアルのことも信頼するべきだったよ」
傷ついた表情を見せると、ノルド父さんが申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
さすがはノルド父さん。親子の情に訴えかければ、ちょろい。
あとは適当に自室に退散すれば、二人はシューゲルから説明を受けることになる。
シューゲルから直接説明を受ければ、ミスフィード家に滞在している手前二人も堂々と俺を叱責することはできないだろう。
「アルフリート様! この後に行われる立食形式のパーティーなんですが、ミスフィードの使用人の方が配膳方法についてご相談したいと――」
心の中でほくそ笑んでいると、すべての事情を知っているミーナが厨房から出てきて声をかけてくる。
「ちくしょう!」
俺はすべてを捨てて逃走を開始したが、呆気なくノルド父さんに捕まってしまう。
俺より後に動き出したのにすぐに追いついてくるなんてチートだ。
「アル、立食形式のパーティーってどういうことだい? ちゃんと説明してくれるかな?」
「は、はひ」
ノルド父さんの目つきは被疑者ではなく、容疑者を見るものに変わっていた。
●
「シューゲル様に串揚げを振る舞うだけで、どうしてそうなるのかしら?」
事の経緯を説明すると、エルナ母さんが呆れたように呟いた。
「でも、今回はどうしようもない部分もあるよ。相手は公爵家なんだから」
「そうそう。だから俺は悪くない」
屋敷を出ようとしたらラーちゃんとギデオンをはじめとするミスフィード一家に興味を示され、買い出しの途中ではアレイシアと遭遇し、試食会へと合流してくる始末。
屋敷に戻るとシューゲルとアレイシアが企てを立てて、いっそのことパーティーにしてはどうかと打診。
今回は二つの公爵家に明らかに無茶ぶりをされた形だ。
田舎貴族の子爵の次男に逆らえるはずもない。
「とはいっても、アルは安請け合いし過ぎよ」
「そうだね。魔道具を対価とすれば、なんでも無茶ぶりに応えてくれると思われてしまうからね」
開き直っていると、エルナ母さんとノルド父さんから即座に叱責が入った。
「……ごめん。屋敷に照明の魔道具があれば便利かと思って……」
正直な想いを伝えると、ノルド父さんがハッとした表情をし、目線を合わせるようにしてしゃがみ込ん
だ。
「それについては僕のせいだ。貧乏性が直っていないせいでアルに余計な心配をさせてしまったね。照明の魔道具なんて今のスロウレット家の財政なら屋敷に完備させることができるんだ。だから、アルがそんな風に気を遣わなくてもいいんだよ?」
「本当? じゃあ、屋敷に照明の魔道具を完備してくれる?」
「ああ、それくらいならお安い御用さ」
「ねえねえ、今の台詞聞いた!? ノルド父さんが屋敷に照明の魔道具を完備してくれるって!」
「はい! このミーナ、しかと耳にしました!」
「私もです」
振り返って尋ねると、ミーナとサーラがこくりと頷いた。
スロウレット家の夜の屋敷の暗さについては、特にメイドであるミーナ、サーラが困っていた。
特に打ち合わせなどしていなかったが二人は即座に俺の意図を察して頷いてくれた。これぞ主従の絆というやつだ。
「……アル、今僕はとてもいい話をしていた気がするんだけど……」
「スロウレット家の屋敷に照明の魔道具が完備されるんでしょ? とてもいい話じゃん」
「…………」
「なんて冗談だよ。ノルド父さんが言わんとすることはわかっているよ」
ノルド父さんがあまりのも憮然とした顔をするので苦笑しながら言った。
「そうよ。この子はやりたいことはやるけど、やりたくないことは意地でもやらない子だから心配いらないわ」
「エルナ母さん、そこは芯の通った強い子とか、もうちょっと良い言い方をしてよ」
「あら、ものは言いようね」
「僕の心配のし過ぎだったかな。まったくアルには敵わないよ」
エルナ母さんの物言いに抗議していると、ノルド父さんはそんな俺たちを見て朗らかに笑うのだった。
「ノルド様、エルナ様、シューゲル様がご相談したいことがあるとのことで応接室でお待ちです」
俺たちの会話が終わるのを伺っていたかのようなタイミングでミスフィード家の使用人が声をかけてくる。
「すぐに伺いますと伝えてくれ」
「かしこまりました」
ミスフィード家の使用人は慇懃に頭を下げると、すぐに下がっていった。
「そんなわけで僕たちはシューゲル様のところに行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
ノルド父さんとエルナ母さんを見送ると、俺は最終準備の前まで休憩しようと階段を上っていく。
「……ミーナ先輩? アルフリート様と配膳方法についての打ち合わせがあるのでは?」
「あっ!」
にこにこと微笑を浮かべていたミーナが、サーラから指摘を受けて血相を変えて追いかけてくる。
……残念ながら立食パーティーまでダラダラとすることはできないようだ。