第182話 ユニコーン
第182話 ユニコーン
普通井戸は、その重要性から主塔の付近や内部に設けられる。大昔は防御性の高い主塔が城の主人の住居だったらしいけど、その後は別に屋敷を建てている場合がほとんどだ。そのため、その後は罪人を閉じ込めるために使われたりしたようだ。
この城の井戸も落ちた床とかの瓦礫で埋まっていたけど主塔の中にあった。場所によって、井戸を掘るのはむちゃくちゃ金がかかる。井戸を掘るためにかかった費用が、城のその他の建築費用に匹敵するとことさえあるのだそうだ。
今も水汲みに主塔へ行き来している職人の下働きがいて忙しない。その主塔はスルーして、館にくっついた鐘楼を兼ねた精霊堂だった場所へ。精霊堂というのは『精霊の枝』の簡易版というか、礼拝堂だ。ここの城主というか、この島は大海の精霊を神として信仰している。
鐘楼は塔のてっぺんに鐘がついていて、島の住人に鐘の音でお昼をお知らせしてた感じの施設だ。ボッキリ折れて崩れていたけど。主塔と、城壁以外の後から作られた場所は、崩壊が目立ってた。住むには不便だけど、昔の建物はやはり丈夫なんだな。
それは置いといて、ここは俺が水を引くために注文をつけた場所。
「もうすでに井戸はあるというのに何故また? 金がかかる」
「岩盤ぶち抜きまで頼んでないからそこまでじゃないだろ?」
岩盤に当たるまで掘ってもらって、あとは井戸と同じように作ってもらった。ただし、井戸の石組みは塔のてっぺん近くまで。
「用途がわかりかねますが、まさかトイレではございませんよね?」
「なんでだよ」
江戸大奥のトイレかよ。確か御台所のトイレは 万年 ( まんねん ) とか言って、専用に深い穴が掘られていたはずだ。こっちにもあるのか?
よしよし、注文通りの空井戸。その上部があるのは、塔の上の展望台みたいなところ。細い階段を上がれば鐘を突く場所があるけど、鐘の設置はまだだ。
馬鹿高いけど、時計もあるのでちょっと迷ったのだが、時計よりも鐘をつく人の百年分の人件費のほうがはるかに安いという。音階の異なるいくつもの鐘を鳴らしてメロディを奏でる組鐘がいいかなと悩んでいる。
学校のキーンコーンカーンコーンというあれを流したい誘惑に駆られているのだが、勇者ホイホイになりそうなのでやめておこう。
「ここの作業は終わったんだよな?」
「はい」
「じゃあ、アウロとキール以外はいいと言うまで立ち入り禁止で」
怪訝な顔をしつつも了承した二人にお菓子を渡して本日は終了。あとでこそこそ水を得るための魔法陣を書き込む予定だ。水汲み大変そうだし、水路とか俺のお願い通りに作ってはくれてるけど、半信半疑だろう。早めに流して見せた方がいいかな。
藍染もそろそろ場所を準備して計画を進めないといけない。赤の染料ってどうやらコチニールっぽいけど、これは染色ギルドで内緒にしているようなので手を出さないほうがいいだろう。日本で食い物にも使われる 天然 ( ・・ ) 着色料、天然のカイガラムシと知ってドン引きした記憶がある。
あとは紫か。こっちもカイガラムシで染められたりするが、アッキガイ科の貝を使って染める貝紫色が高い。高貴で古い血脈の色だそうで、すごくお高い。
高貴な家に生まれることを「紫に囲まれて誕生する」とか言うくらいに権力者に好まれる色だ。ちなみにこっちも製法は染色ギルドが秘匿していたが、肝心の貝を乱獲しすぎて途絶えてる。
調べたら、一つの貝から得られる染色に使う分泌液は三、四滴。Tシャツを染めようと思ったら一万個以上いる。普通の貝が絶滅に瀕するのも当たり前だ。ごくたまに、魔物化したアッキガイが見つかるそうで、特に三本ツノを見つけたら一攫千金だそうだ。
島の住民との金儲けの方法を考えつつ、カヌムに移動して籠に白ワインとブルーベリーのチーズケーキ、空いたところに卵やベーコンなどの食材の包みを入れてお隣へ。今日はシヴァの手料理を食べさせてもらえる日なのだ。
「お邪魔します」
「おう、来たか」
「ジーン!」
扉を閉めた途端飛び込んでくるティナ、それに続く双子。
「待て、待て。籠の生卵がピンチ!」
「ジーンいらっしゃい、ちょっと手が離せないわ」
台所からシヴァの声が聞こえてくる。
籠を置いてハグをしなおし、暖炉の前に。ディノッソが枝で作ったハタキみたいなもので、鳥の丸焼きに何か塗っている。
「ローズマリーの枝にセージをくくりつけてる?」
「そそ。これで落ちた鳥の脂とオリーブオイル混ぜて塗る。かれこれ一刻はやってるんだ、楽しみにしろ」
そう言って時々鳥を回しながら、ペタペタと塗る。
二時間もくるくるペタペタやってるのか!
「手伝った!」
「交代した〜!」
びっくりしていると双子が自己申告、だいたい先にセリフを言う方がバクで、エンは後追い。
「おお、楽しみにしてる」
「私もお母さんの方を手伝ったのよ!」
「何を作ったのかな」
張り合っているのが微笑ましく、三人の頭をなでて笑う。
「お待ちどうさま」
「おう、じゃあこっちも皿に移そう」
シヴァが台所から出てきて食卓を整え始め、ディノッソは鳥を大きな焼き串から外して皿と言い張る板に置く。
緑色のソースで和えられたショートパスタ、鶏の丸焼き、スープ、白ワイン。
「いただきます」
シヴァの料理は美味しいから楽しみ。
ショートパスタのソースはバジル、松の実をすりおろし、オリーブオイル、チーズ、塩を合わせたジェノベーゼかな? パスタは手打ち。スパゲティーは腰のある乾麺のほうが好きな俺だが、これはもっちりした食感がソースととてもよくあって美味しい。
次にキャベツのスープ。
「あれ、酸っぱい」
「ザワークラウトのスープよ、初めて?」
シヴァが笑いながら聞いてくる。
「うん、ちょっとびっくりした」
「もちっと北の郷土料理だな。俺は酸っぱいの苦手」
ディノッソがそういいつつ、そのスープをスプーンですくい、じっと見たあとパクッと口に放り込む。
いろんな肉とザワークラウトをコトコトと三日煮込んでつくるのだそうだ。ディノッソの酸っぱいの軽減用なのか、何故かソーセージも一本入ってる。
「ほいよ、鳥」
ディノッソが鶏を切り分けてくれた。
「ありがとう」
口に入れたら皮は香ばしく、ぱりっとした皮の中のお肉はジューシーでふわっと。そしてほんのりレモンの爽やかさ。
ディノッソが切る前に、何か詰め物を取り出してたけど、あれがレモンだったのかな?
「そういえばリードが戻ってくるって話、知ってるか?」
「ああ、アッシュをここに送り届けるんだろ?」
食べながらディノッソに答える。
「それもあるが……」
「私のお婿になりたいんだって」
「え。犯罪者」
ティナの一言につい口をついて出た。
「捕まっちゃう?」
「捕縛だー!」
双子がケラケラと笑う。
「俺のティナにあの野郎」
ディノッソがギリギリしている。
冗談じゃなかったのか? 仕事以外は爽やか騎士系だと思ったのに!
「クリスの話だとリードさんには、ユニコーンの精霊がついてるって言われてるらしいのよね。そのせいかしら?」
シヴァが首をかしげる。
「ユ、ユニ、コーン……?」
待て、あのマッチョ馬がユニコーン? 確かにユニコーンは 処女 ( おとめ ) 好きだけど、あれがユニコーン?
「誰だそんな判定したヤツは」
思わず食べる手を止めて聞き返した俺は悪くない。