第192話 未熟
第192話 未熟
「よろしく」
「おう、行こうか」
まだ暗い明け方、森へ向けて出発。
「こっち?」
「そう」
エクス棒で足元をガサガサ掻き分けながら進む。草原をさっさと通り過ぎて、いつもより少し南に寄った場所から森に分け入る。
森の浅い場所は、冒険者以外も 薪 ( たきぎ ) 取りなんかに入るので歩きやすいのだが、ツノウサギとかあまり強くない魔物はともかく、熊とか狼の領域に入ると途端に足元が悪くなる。
「あそこ、見えるか? 落ち葉が砕かれているところ」
「ん? あ、本当だ、ちょっと黒い」
落ち葉が砕かれ、下の地面の湿った黒い色が見えている。一回気づくとなんとなくその黒い土が暴かれた跡が続いているのがわかる。
「獣道だな、鹿か」
食いちぎられた植物の葉を見てレッツェが言う。
「幅が狭いから単独だろう、まだ新しい。人の足跡はあるか?」
「ない……、と思う」
周囲を見回して答える俺。落ち葉が乱れているのは鹿の通り道の他は、俺たちが歩いてきたところだけだ。
「新しい獣道は二、三日後にまた使われることがある。ここはまだ猟師が踏み入る場所だから、それを期待して罠が仕掛けられてることがあるから気をつけろ。かかると間抜けだぞ」
「うぇ」
あれだろう、逆さ吊りにされるやつ。映画で見たことある。
生き物や魔物は【探索】にかかるけど、 無機物 ( わな ) はどうだろう? 危険、危険。
慎重な猟師は自分の足跡を消してしまうので、獣道より少し離れたところも確認したほうがいい。
鹿は猪とは異なり副蹄がつかない、歩幅は、成獣で 80~100cm 程度。くくり罠を設置するときは、倒木や石を踏むのを嫌がるため、鹿の通り道に倒木や石を置き、 足の置き場を誘導すると効果的。
ああ、こういうのをディノッソ家の子どもたちは習ってから、冒険者になったんだな。そんなことを思いながらレッツェの説明を聞く。
日が昇ったところで休憩、軽く食べる。
「スフォリアテッラだっけ? はい」
バターではなくラードを使ったパイ生地を薄く伸ばし、クルクルと巻いた後、輪切りにした皮に、リコッタチーズを入れて半分に折って焼いたやつ。ぱりぱりした貝のようなヒダがある菓子だ。
「おう。――相変わらず美味いけど、甘いものはコーヒーが欲しくなってダメだな」
一口食べて言うレッツェ。順調にカフェイン中毒者の道を歩んでいるようだ。
【収納】から出してもいいけど、今日の荷物はきちんと鞄に入れ背負ってきている。【探索】も切って、真面目に学習中なのである。
「そろそろリシュ呼んでいいか?」
「ああ、そろそろいいぞ」
よしきた!
「ちょっと行ってきます」
「って、おい! ここでか!?」
【転移】してリシュを連れて戻る。
「お前、ちっとは隠そうとしろよ……」
待っていたのは、呆れ顔のレッツェ。
今更な気がしたのだが、様式美として森の奥に姿を隠してからのほうがよかったろうか。
「リシュ、レッツェ覚えてるか? 今日、案内人してもらってる」
リシュがレッツェの匂いをくんくんと嗅いで確認。嗅ぎ終えると顔を見上げて首を傾げる。
「レッツェだ、よろしく」
レッツェが匂いを嗅ぎやすいように手を差し出す。もう一回、くんくん。
うちの子可愛い。
「リシュ、危ないからあんまり離れないようにな」
顔を挟んで両手でぐりぐりと撫でて告げる。
「いや、俺でさえ見える様な精霊に危ないってどういう状況だよ。そんな危険があったら俺が死んでるわ」
頼りの案内人が何かぼやいている。
エクス棒で下生えを避け、生き物の痕跡を教えてもらいつつ目的地へ。リシュがあっちをくんくん、こっちをくんくん。ちょっと距離ができるとたったと走り寄ってきてはまた藪に顔を突っ込んでくんくん。
家の山は歩きやすいし安心感があるけど、やっぱり違う風景というのは楽しいらしい。連れてきてよかった。
途中、イタチの魔物を二匹ばかり倒したが特に問題なく進む。
「目的の場所だ。ほれ、例の草が生えてるぞ」
「これか」
色々な草に混じって、ニラみたいな少し肉厚の葉が伸びていた。先端だけすこし赤みがかっている。
「似た草もあるけど、そっちは中が空洞な」
ぷちっと折って見せてくれた草は、白っぽいぬるっとした断面だ。
「人間には分かんねぇけど、独特な臭いがするらしい。まずは三、四十本集めようか」
「了解」
エクス棒で草をかき分け、覚えた葉を探す。
似た草ばっかりで、なかなかないなと思ってたら、普段は先っぽも緑なんだそうだ。使える臭いが強いものが赤くなる。
リシュが地面を掻いてはこっちを見るので行ってみると、目的の草発見。
「ありがとう」
頭を撫でて、草を採取。リシュは可愛いだけではなく賢いのだ。
そんなこんなで俺が八本、リシュが十一本、レッツェが十五本。く……っ! 精進します。リシュなんかけっこう虫に気を取られてたりしてたのに。レッツェは目的の草以外も薬草とか食える野草とか採取してるし。
「で、これをこうだ」
レッツェが採取した草を布で包んで揉む。ちょっと布に汁がしみてきたところで止めて、開けて見せてくれる。
「揉んで臭いを出したら、赤トカゲが寄ってきそうな場所に置く。大体倒木の影とか、ちょっと涼しくて湿ったところだな。あとこういう苔の影」
そう言って、石に分厚く張り付いた苔を棒でちょいちょいと剥がして地面と石との間に隙間を作って設置。
「あんま臭いをつけないように作業は棒でやれ」
残りの草の包みを渡される俺。
言われた通りエクス棒で苔をめくってちょっと離れたところに草を置く。
「あとは待つだけだ。赤トカゲは草の臭いで酔ったようになるからそこを捕まえる」
そういうわけで待つ間に昼だ。
「今日の弁当は主食がちらし寿司だ」
「ちらし?」
「そう。これ」
お弁当箱を開けるとまず黄色い 錦糸卵 ( きんしたまご ) が目に入る。干し椎茸の煮物、酢れんこん、刻みのり、煮あなご、海老、飾りに絹さや。いくらも散らしたいところだったが、生臭く感じるかもしれないので今回はなし。
椎茸は以前、『食料庫』の椎茸をわざわざ干したもの。干した方が美味しくなるものってあるよな。
「こりゃまた綺麗な色合いだな」
なお、お箸は難易度が高そうなのでスプーンを添えた。
「こっちはおかずの箱な」
エビフライとかが入った弁当箱を渡して、俺も自分の分を広げる。
「お? うまいけどなんだこれ? 前におにぎりだっけ? あれ?」
「そう、俺の住んでたところの主食。米」
どうやら口にあったようなので安心する。
「へえ。って、お前、食うのも棒なのかよ。器用だな」
お箸ですよ、お箸。