第506話 精霊を縛る者
第506話 精霊を縛る者
近いところは透明度の高いエメラルドグリーン、遠いところは真っ青な海。水色の空と白い雲。海はもちろんだけど、薄くはいたような灰色の雲が多いカヌムとは空も違う。
「爽快だが、ちっと眩しいな」
レッツェが目の上に手をかざす。
いい風景だけど、長くいると疲れてしまうかんじかな?
「猫船長の船に移動しよう。ちょっと先に行って話してくる」
船に向かって歩きだしながら言う。
ここは侵食されたような岩がぽこぽこあるけど、陽が高くて影が短い。背の高いハウロンとレッツェが涼めるような日陰は、船の中か船の陰しかない。
港では船の修理が続いている。猫船長の船のうち、解体されていた一艘はもう影も形もない。木材に戻ったそれは、加工されて他の船の一部になっている。作業は現在進行形だけど。
「こんにちは」
船の縁に座っている猫船長を見上げて声を掛ける。
「来たのか。仕事に取り掛からなくっていいのか?」
「特に期限は言われてないしね。なるべく早くとは思うから、明日あたり行ってみる。でもまずは――そっち行っていい? 顔合わせしてもらいたい人連れてきたんだけど」
猫船長の声は、大きいわけじゃないけど不思議と通る。でも見上げて話してるのも疲れるし、何より内緒話ができないしね。
「……上がれ」
ふいっと顎をしゃくって、そのまま猫船長も身を捩り甲板に降りて船縁の影に姿を消す。
「オッケー出たから上がろう」
レッツェとハウロン、二人を振り向く。
「本当に猫なんだな……」
「噂通り立派な茶トラだったわね」
猫船長がいた場所を見つめて言葉を漏らす二人。
そう猫なんですよ、茶色さんです。あと今思ったんだけど、俺まさかにゃーにゃー猫語しゃべってるわけじゃないよね? 猫船長、普通に話してるよね?
猫船長は船員さんと意思疎通できてたし、大丈夫だと思うけど。今更ながらちょっと不安になった。
縄梯子を登って、甲板に出る。最初に縄梯子を経験した時は、一段足を踏み出すたびに、あっちにむにっとこっちにむにっと伸びて大変だったなそういえば。今はだいぶ慣れた。
レッツェは器用で、一緒に登ってても大きく揺れないんだよね、縄梯子。力や速さが要らないような事は、執事、レッツェの順ですごいと思う。執事はなんか別次元、縄梯子微動だにしない。
「アタシ、登る格好じゃないんだけど」
ハウロンがそう言いながら最後に来る。
確かにハウロンのひきずりそうなローブは縄梯子に向いてない。大賢者と呼ばれてるわりにムキムキだけど。どうやって鍛えてるんだろ? 俺は腕立てしても一向に筋肉つかないんですが。
「暑いから中に移動な」
そう言う猫船長は、さっきまでの日向ぼっこでぽかぽかに茹で上がってると思うんだけど。
船室に向かう猫船長の後をついてゆく。
「ここで見慣れないヤツを連れてこられると目立ってかなわねぇ。一応もう、契約で縛った後だがな。アンタ、なんか移動できる力持ってるんだろ? 他人まで一緒に移動できることがわかったら、ロクでもないのに捕まるぞ」
前来た時に案内された部屋に着くと、ベッドサイドの引き出しみたいなのに飛び乗って言う。そこが定位置?
前回と違って、具合の悪そうな女性はベッドにいない。多少よくなって移動したのか? あの具合の悪そうな姿が視界に入ってもソワソワするけど、急に姿を消されてもソワソワする。
「ああ。そこに寝ていた女なら、だいぶ良くなったんで追い出した」
ふん、というような顔をして猫が言う。
どう考えても怪しい俺から、女性の壊血病を治すことを条件に、こっちの条件も聞かずに仕事を受けるつもりだったくせに、素直じゃない。
「バレバレよね……」
そう、素直じゃないのがバレバレ! ハウロンの言葉に頷く俺。
「認識された後はダダ漏れだな」
レッツェにも――俺のことか!?
大丈夫です、全部ハウロンに押し付けていいはずです。
「アンタがこれの師匠とやらか?」
ハウロンを見て猫船長が言う。
レッツェは一歩下がって、ハウロンの斜め後。体半分、いや1/4くらいハウロンの影になるよう位置取りする微妙な立ち位置。知らない人の前とか、冒険者ギルドとかでは、大体こうだ。もしかして目立たないの目指してる?
「そう、よ」
笑顔を作るハウロン。
ちょっと、そこははっきり言ってもらわないと!
「アタシはハウロン、キャプテン・ゴートが運ぶメール小麦の一部はアタシの元に届く。――大賢者や大魔道士って呼ばれるわ」
さくっと身分を明かすハウロン。
取引するんだし、名乗るのは妥当だよね。カーンの国は大賢者が所属する国ってことで有名になると思う。カーンがどんな人か知ったら、凄い! ってなるんだろうけど、今のところハウロンの方が知名度がダントツで上だ。
「なるほど、大賢者ハウロンか」
あ、猫船長、あっさり信じた。
「俺は知っての通り、キャプテン・ゴートだ。お目にかかれて光栄だが、半端に師弟関係でいるってことは、やっぱり大賢者でも縛れてないんだな」
猫船長が耳を少し伏せ、すぐに戻す。
「縛る?」
ここでレッツェ。
「大賢者ハウロンは精霊を術でもって縛り、使役するって聞くが違うのか?」
「違わないけれど、いったい何が縛れてないというのかしら?」
あ、ハウロンちょっとむっときてる?
「精霊王を」
猫船長が言う。
「さすがにそんな存在には手を出さないわよ?」
ハウロンが眉を寄せる。
その話、まだ生きてたの!? というか、精霊配下に置く人から、俺の認識が精霊になってない?