第514話 海の底で恋愛話
第514話 海の底で恋愛話
「我らに力を与えてくださる方、捏造するのは不敬ではないかい?」
「俺がみんなから聞いた 神話 ( エピソード ) って、けっこう本人が否定してるのが多いんで今更な気もする」
「なるほど! 偉大なる神々は様々なものに彩られて、それでもなお偉大なのだね!」
きらきら倍増しのクリス。
素直かつポジティブなのは見習わなくては。俺はついつっこみいれちゃうからな。
「でも一応『ここだけの話にしてください』――外に漏れないようにしとこう。クリスにちょっかいが行っても困るし。後でヴァンにも言っとく」
『うふ』
ウフが何かしてくれた様子。そもそもこの空気の層の中に入っていると、精霊の手助けなしに外に声は届けられない。
「では」
こほんと咳払いを一つして、クリスが話し始める。
「人にとっては昔、古き精霊にとっては瞬きの間、とても美しい娘がいた」
クリスの大きくはないけれど、よく通る声。
竪琴とかリュートを持たせたいところだけれど、腕や指先の動きも綺麗だからこれはこれでいい。ちょっとオーバージェスチャー気味なところも、今の雰囲気にはあっている。
海の底のさらに深い穴の中、かりんとう饅頭から漏れるひび割れた光が、したから周囲を照らす。海面を目指して暗い水の中を登ってゆく気泡。
「娘の母はすでになく、父は後妻を……」
あー。シンデレラパターン? でもシンデレラって成人したら全部シンデレラが継ぐはず――血統が重んじられてるというか、普通に血筋の乗っ取りになるから血が繋がってない三人には家を継ぐ資格がない――なのに、なんで継母も血のつながらない姉たちもシンデレラに意地悪できたんだろう?
「――娘はその美しさ故に上つ方の 幾人 ( いくにん ) かを虜にし、ついにある身分高き夫人の怒りと嫉妬にさらされる……」
悪役令嬢パターン?
「ご主人、ご主人」
「なんだ?」
石突じゃなくって、やんちゃっぽい子供の部分の手でつついてきたエクス棒と小声で話す。
「おやつ欲しい」
「飽きるの早いな?」
まあ、俺も恋愛話には興味がないんで話の構造のほうに心の中で突っ込んでたけど。
さすがに話してもらってるのに弁当を出すのもどうかと思ったので、ポップコーンとホットドッグ、そしてクラフトコーラという映画館メニュー。
「さすがご主人、マスタードとケチャップたっぷり!」
大口を開けてホットドッグからいくエクス棒。
エクス棒的に千切りキャベツとソーセージのシンプルな具に、マスタードとケチャップたっぷりが正義らしい。マスタードは粒じゃなくって普通の。千切りキャベツには少し調味料を入れてるけど、至ってシンプル。
エクス棒分の弁当はクリスにやろう。エクス棒、ジャンクフードの方が好きだし。
「は〜。すみません、あったら私にも水を一杯いただけませんか?」
カメが申し訳なさそうに話しかけてくる。
「どうぞ」
人が美味しそうに食ってると、なんか食べたくなるよね。
何か、ではなく水を指定してくるってことは水でいいんだよな? 人間なら料理をくれと遠回しに言っているんだろうと思おうけど、精霊の好物は鉄板なのは水、花や緑の香り、火、光。
というかこの海底で料理も水も難易度は変わらないか。そう思いつつ、水の入った皮袋を出す。容れ物に入っていない水も【収納】には大量にあるけど、流石に海中では出せない。いや、小さな精霊もだいぶ助けてくれてるし、撒いとこう。
『今から水を出すけど、下に行かないよう頼む』
さすがにかりんとう饅頭は水好きとは思えない。海水の中にいるんだから、かかっても平気だろうとは思うけどね。
カメに水袋の栓を抜いて渡し、海水に真水を泳がせる。
『うふ♪』
ウフもご機嫌なので水を撒いてよかったようだ。
「哀れ娘は夫人の手の者に裸足で火山に連れてゆかれ、火口に突き落とされた!」
火山という単語に反応したのか、かりんとう饅頭が気泡を増やす。気泡はやめてください。
「落ちてゆく娘の肌がちりちりと熱を感じ、広がる髪が焦げようとする時、救いの手が現れ疾く娘の姿がマントに隠された。間一髪、娘を救ったのは黒い髪の偉丈夫、火と再生と戦の神ヴァン!」
身じろぎするかりんとう饅頭。
「マントに包まれ視界は閉ざされたまま、その逞しい胸に抱かれる娘。不思議なほどの安心感が――大丈夫なのかね?」
かりんとう饅頭がずるずると沈んでいくのにびっくりしたのか、クリスが話を途切れさせる。
「大丈夫なんで続けてくれ。ヴァンの話は、あれを沈めるのが目的だから」
かりんとう饅頭が荒ぶってるのを鎮め、物理的に沈める。
その後、クリスの話は姿を見せないヴァンが夜な夜な娘の元に通い、見るなと言われたのに好奇心に勝てず、姿を見てしまった娘が燃えてしまい、ヴァンが娘の魂を求めて冒険する話に移行した。
ヴァンの姿を見ると燃えるの? 俺には色々謎なところもあったけど、どうやら定番だったらしく、かりんとう饅頭はそこで盛り上がってたくさん沈んだ。
そして現在、何個か物語を歌い上げたクリスには休憩をしてもらっている。カメの背中にお弁当のお重を並べ、お酒も出して。
「――人魚姫は泡となって消えてしまいました」
クリスが休憩している間、ヴァンや恋バナでなくてもいいというので、代わりに俺が話している。
うん、なんでもいいって言われたからね! 子供向けの童話だね! でも一応悲恋っぽいのを選んだよ! 昔の王子とくっつかないパターンのやつだ。
「ううううっ! 人魚姫!」
かりんとう饅頭は人魚姫の恋愛が成就しなかったのが悲しいのか、ずぶずぶ沈む。
王子を海から助けたのは人魚姫だけど、人間の娘だってずぶ濡れで海岸放置な王子を助けてるよね? 恋愛って難しい。
「は〜。水の精霊に生まれ変わるなんて、なんという幸福な……」
カメは見解が違う様子。
『うふ?』
うん、ウフにつらなる空気の精霊かもね。
恋愛話はあんまり思いつかないから、次は「泣いた赤鬼」にするよ!