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第584話 ハーヴグーヴァ

転移したら山の中だった。反動で強さよりも快適さを選びました。 — kakuyomu.jp · All chapters

第584話 ハーヴグーヴァ

地の民との約束の日。

会場の黒鉄の竪穴に行くには先ず、複雑な谷を通って、複雑な横穴を通って行く。いつもは谷も【転移】でショートカットしてしまうんだけど、今日は最初から。

黒鉄の竪穴までガムリにもらった石がナビしてくれる。これも旅人の石なんじゃないかと思い当たって、また使ってみたくなった。

手のひらの濃い灰色の滑らかな石は、白い矢印が描かれている。濃い灰色の中のその白は、表面だけ凍った水の中の空気が動くみたいな感じで動く。

中に小さな精霊が住っているみたいなんだけど、言葉も話さず、表情もない。ちょっと無機物っぽい精霊なんで、この石がどういうものなのか、本人には聞けない。

矢印を頼りに谷を歩く。もう覚えたし、なくても行けると思うけど、矢印が動くのを見るのはちょっと楽しい。

深い谷なので、多くの場所で陽光が届かず薄暗い。霧が谷の底にたまるようにあって、視界があまりきかない。

俺の谷のイメージって、放射線状の扇状地みたいな感じか、一直線かどっちかなんだけど、この北の大地の谷は違う。

入り組んでいて、ところどころごく短い洞窟のようになっていたりと、ちょっと不思議な感じ。そして周囲の精霊が方向音痴。

というかこの谷に閉じ込められてるのか? 当の精霊たちが機嫌良さげなので、単にそういう性質なのかもしれない。

『あ〜太陽〜あっち〜あれ〜? どっち〜?』

そう言いながら、太陽に背を向けてふわふわと仲間の精霊に寄っていく精霊。

『あ〜こっち〜。うんうん、こっち〜?』

こつんと頭同士をぶつけ、その衝撃で離れたかと思うと、くるりと背を向けて2匹で別々の方向へ。

くすくす、きゃっきゃと小さな笑う声を残してどこかに消えてゆく。一回正しい方角を教えたことあるんだけど、道を歩いてる――ふわふわしてるのが楽しいんだってさ。

目的地につくことが嬉しいんじゃないらしい。目的よりその途中が楽しくってしょうがないみたい。そして彷徨うのが楽しいから、どうでもいい 目的 ( いきさき ) を見つけるんだって。

谷底の石の精霊も、 雨裂 ( うれつ ) の精霊も、崖の精霊もこの調子。

『こっち――』

『――こっち』

『こっちだよ――』

『――こっちだよ』

そして常に別な方向に誘う霧の精霊たち。

『さあ、わからなくするぞ!』

『さあ、目を回すぞ!』

谷を渡る風の精霊は、谷の中の精霊たちをかき回し、向いていた方向を変えてしまう。そしてそのまま、向きを変えられた方向にいってしまう精霊。

『おうおう、目印に丸を出しておくぞ』

そう言って三角を出す岩の精霊。

『おうおう、目印に矢印を出しておくぞ』

そう言って逆の矢印を出す岩壁の精霊。

途端にさっきまでと印象が変わって見える。同じ岩とも同じ壁とも思えない。

まああれです、この谷は周囲の精霊たちがみんな迷っているし、迷わせてるので、中に入り込んだ人も影響を受けて迷子になります。迷子製造谷。

俺は影響受けないけどね。このナビ石、旅人の石なのかどうか、後でレッツェに見てもらおう。いや、ここは大賢者のほうがいいのか?

そんなこんなで約束の時間に黒鉄の竪穴に到着。

「おう! よくきたな! 歓迎するぞ!」

「おう! よくきたな!」

「おう! 歓迎するぞ!」

地の民は相変わらずだけど、今日は人数が多い。そういえば、いろんなところの地の民を呼ぶって言ってたね。

「島のソレイユだ!」

「女神の大樹をもたらした!」

「ドラゴンの鱗を、骨をもたらした!」

「美味い酒をもたらした!」

「島のソレイユ!」

盛り上がる地の民たち。

……えーと、会ったことのない地の民に俺の紹介か? ちょっと恥ずかしい。

「宴会はこっちだ!」

「こっちへこい!」

「こちへ!」

どんどん奥に連れていかれる俺。

「さあ、島のソレイユ! ハーヴグーヴァを!」

「ハーヴグーヴァを楽しめ!」

「ハーヴグーヴァはうまいぞ!」

さあ、ハーヴグーヴァとはなんなのか。

……クジラでした。どうやってここに運び込んだのか謎なんだが、地下の大空洞にどでかいクジラもどきが鎮座していた。

ただのクジラじゃなくって、魔物化したクジラ。あのゴムみたいな表皮じゃなくって、でかい鱗がついてる。こいつ、こっちでは魚扱いなんだろうなあ。

大空洞には燭台がいくつも置かれ、篝火も焚かれ、それなりに明るい。それでも天井は黒々として見えないし、向いの壁も見えないんだけど。

クジラ――ハーヴグーヴァはよく見れば解体してあった。解体して、元の姿に見えるよう、皮や骨、頭や尻尾をうまく組み立てある。

「さあ、食え」

「さあ、食え。ハーヴグーヴァの肉!」

「さあ、食え。まずはハーヴグーヴァの肉のソテー!」

皿に盛られた料理が回される。

「鉄の竪穴のウードの料理は逸品だ!」

「硫黄谷のモードの料理も絶品だぞ!」

「 赤銀 ( しゃくぎん ) の谷のデードの料理はまずい!」

最後、まずいのかよ!