第607話 凍える葡萄
第607話 凍える葡萄
「よし、そっちの話はやめよう。忘れられないうちに”いいもん”ください」
ディーンとクリスに向かって催促する。
不穏な気配を感じたので話題を逸らしたともいう。
「ちょ! そこでやめるの!?」
「やめます。人類には早すぎたんです」
人類には早すぎる。誰のセリフだっけ、これ?
「え!? そんな壮大な感じなの?」
「いや、全然」
「ちょっと!」
ハウロンが忙しい。
「えーと、出していいかい?」
クリスが袋を顔の高さまで持ち上げて軽く振る。
そう大きなものじゃないみたい。なんだろう?
「出してください」
気になります。
「ルフの話は!?」
「ルフの話はハウロンは自分で調べた方が楽しいタイプだと思うので、口をつぐみます。急いで知ったところで何がどうなる話じゃないし」
いや、血統主義者的にはどうこうなるのかな? でもルフ国の人は人で、今の人より精霊を使うことに長けてたっぽいし、特殊っちゃ特殊だよね? というか、コミュニティ作ってるの全部ルフ国人なんだろうし。
多分俺と精霊の関係に似た感じなのがルフ――ルフAで、ルフ国人――ルフBは魔法陣や 断片的な精霊言語 ( じゅもん ) で精霊を使役してた感じじゃないかな。
『精霊灯』とか、カーンの地下神殿にあった『転送円』とかは後者の文化だと思う。ルフBの時代のものは探せば世界に色々残ってそうだけど、ルフAの方は精霊に直頼みのせいで、文化的なものがあんまり残らなかったのも混同の理由なんじゃないかな、と思ってる。
本に書かれていることが本当とは限らないし、フィールドワークは大事。俺は『精霊図書館』で調べて満足しちゃったけど、ハウロンが同じ結果に行き着いたら書かれてたことはきっと正しいと思える。
まあ、ルフたちが居た時代に近い頃に書かれた本だったし、今の時代に伝わっている話よりは信憑性はあるとも思ってるけど。
「うううう」
頭を抱えて唸っているハウロン。
早く知りたい気持ちと、自分で調べたい気持ちが戦っている様子。頑張って! 世界中旅して痕跡を集めるのも楽しいよ……!
俺は今、ルフより旅人の石集めだけど……っ!
「お前……。ほれ、皿」
レッツェが俺の前に新しい皿を置く。
「さて、 御覧 ( ごろう ) じろ」
クリスが芝居がかって厳かな感じにゆっくりと袋を傾ける。
「多分食ったことないと思うんだけど、どうだ?」
それを見ながらディーンが言う。
袋から出てきたのは、綺麗なマスカットグリーンの丸い実――実でいいんだよね?
「ガラス細工みたいだ。綺麗な色」
皿にこんもり薄いグリーン。
「食べてごらんよ!」
「口に入れて噛むんだぞ」
クリスとディーンにそう言われて一つ。
「わ! 冷たい!」
軽く噛むと、途端にシャリっと口の中で脆く崩れ、冷たくてほんのり甘い果汁が広がる。
味のついた氷かけの炭酸水みたい?
「すごい、面白いし美味しい!」
初めて食べた!
「あら、『凍える葡萄』ね。なるほど、それは冷えるわね」
葡萄か。
房になってないけど、そう言われるとシャインマスカットに近い味な気もする? 爽やかで、あまり口に残らずすっと消えてしまうので確認するための余韻がないぞ。
「『凍える葡萄』って言うのか。冷えるってほどじゃないけど、冷たいね」
「凍えるのは収穫する時よ。実に手を掛けると足元の根から、身が凍るような冷気を出す植物の魔物よ。けっこう個体数が少ないはずね」
ハウロンが教えてくれる。
「じゃあ結構採るの苦労する? ありがとう」
ディーンとクリスにお礼を言う。
「移動しない魔物だから、倒さずに置いとくんだ。ただ、実がなる時期がものすごく短くって、去年も一昨年も食い損ねた」
そう言って、ディーンが『凍える葡萄』を摘む。
「来年は予定が空いてたら一緒に行こうか。天気と気温、風次第なところがあるから、条件があったら本当にその日のうちに見に行くことになるけれどね!」
ウインクしながらクリスも。
「明日にはダメになっちまうから、レッツェもハウロンも遠慮なく食え」
ディーンがにかっと笑って勧める。
「ありがとさん。ご相伴にあずかる」
レッツェがそう言って手を伸ばす。
「美味しいわよね、コレ。ありがとう」
ハウロンも。
『凍える葡萄』を口にする俺たちを、嬉しそうに眺め自分たちも口に運ぶディーンとクリス。
『凍える葡萄』は儚くて美味しい。口の中に残らないので飽きずにたくさん食べられそう。でもこれ、採るタイミングも難しくって、個体数も少ないっぽい?
……一個実をもらって、増やしたい気もするけれど、いいや。来年が楽しみだから。一緒に待って、楽しみたい。友達と先の約束があるのはいいね。