第644話 魔法陣の発動
第644話 魔法陣の発動
石の箱の側面にガリガリと描いてゆく。
「どういうペンなんだそれ……」
ディノッソが微妙な視線を向けてくる。
「ちょっと石に描けるペンです」
青の精霊島で、井戸にガリガリしたペンです。
「描けるつーか、彫ってるな。――危ねぇもん作ってる訳じゃねぇよな?」
冷静なツッコミをしてくるレッツェ。
「心配ありがとう。でも、精霊も可哀想だから」
魔法陣自体は割と普通です。怒られる覚悟はできてます。
「可哀想?」
ディーン。
「よく先が潰れないね!」
俺の突っ込まないで! という表情を読んだのか、話題を戻すクリス。
浅いため息をつくレッツェ。
「……何を描いているのかしら? パターン的には範囲の……限定?」
覗き込んでくるハウロン、ちょっと邪魔。
魔法陣しか見えなくなってるのかもしれないけど、描いてる俺は視界に入れて! 正面から見たいのかもしれないけど、正面には俺がいるから! ぐいぐいしないでください。
「大賢者でも読めないモノなのかね?」
「アタシの知らない文字だわ」
アッシュにハウロンが答える。
日本語です。【言語】さん、読む分には問題ないけど、書くほうは覚えないとダメなんで。だいぶ覚えたんだけど、漢字とか呪文が短くできて魔法陣に便利なんだよね。
ただ精霊関係は断然こっちの文字の方が便利だ。日本語で『水の精霊』って書くところを、1文字で表せる。文化や生活に密着したものを表す言葉は豊に、そして簡潔になる。
概念や事柄に対する認識のあり方の違いが、言語表現の有る無しに影響しているのを感じる。
逆に自分の言葉でないものでは、考えることが難しいんで、止まらない負の悩みは他の言語で考えろって聞いたことがあるし。
『To be, or not to be, that is the question.』とかやってられないもんね。だいたい思考も悩みもそこで停止する。あと苦悩でぷるぷるしているイケメンが浮かんで困る。
「そういえば、ロミオとジュリエットとか、お芝居流行ってるって聞いたけど」
勇者一行が流行らせたんだろうな。
「何故その話題かわからないけれど、流行ってるわね。――敵対気味なアタシたちの持つ印象は悪いけれど、勇者たちは文化水準を上げているのよね。民草に精霊が見える者は少ないでしょうし、人形が精霊を食っているのは周辺諸国でみたいだし。シュルムでは大人気よ」
ハウロンが律儀に答えてくれる。
話題はシェイクスピア繋がりです。
「代わりに周辺諸国は軒並みひでぇことになってるがな」
ディノッソ。
平和なのはシュルムと、シュルムから離れた場所のようだ。
「精霊も少ない、戦禍の影響もあるでは堪らぬだろう」
「……人形がこの『滅びの国』や黒山の黒精霊を食わずにいることは、いいことなのでしょうかな?」
アッシュと執事。
「確かに黒精霊ならば減って感謝されることはあっても、文句は出ない気がするね!」
明るく言うクリス。
「人形が狂うのが早まるだけね。アレは作った人間の思う通りに振る舞っているけれど、中身は空っぽ。心を満たしているのは食われた精霊たち、黒精霊の塊のようなモノだわ」
ため息をつくハウロン。
「うわー。濃縮された黒精霊かー。やだわぁ」
ディノッソが大袈裟に引いてみせる。
「人形が黒精霊を積極的に食べるって話は聞かないわ。黒精霊も普通の精霊を優先して襲うし、ね」
「うへぇ、どっちも迷惑だな」
ハウロンの説明に嫌な顔をするディーンたち。
「と、できた。『ちょっと失礼、この魔法陣通り、東の精霊の気配を遮って』」
黒い影を追い回してニタニタしていた黒精霊をむぎゅっとして、完了。
すごい戸惑った顔して魔法陣を発動してくれた。何匹かに同じ頼み事しておいた方が、交代できていいかな?
「待って、待って待って。何をしたの!?」
「非常時なので黒精霊に頼みました」
寝てる精霊を起こしてしまったら、他に仲間がいない状態で起きてることになっちゃうし。他に精霊いないし。
「禁呪、禁呪だからね!?」
ハウロンが取り乱してる。
「他に思いつきませんでした」
「アタシも思いつかないけどね!?」
大賢者が思いつかないことは俺も思いつかないぞ。
「ジーン、体……いや、この場合は精神になるのだろうか。大丈夫なのか?」
アッシュが眉毛を寄せて怖い顔で聞いてくる。
「大丈夫。普通の精霊との契約のほうが圧倒的に多いし、【解放】があるせいか、黒精霊の 感情 ( そんざい ) に引きずられることもないよ」
もともと魔の森で黒精霊をむぎゅっとしてるので今更なんです。
あれ、勇者が光の精霊で俺が黒精霊側って構図になるのか? ものすごい悪役ですね!
「バレないようにはします」
「そうしろ」
レッツェにむぎゅっとされる。
「描いたのがジーンでなかったら、この魔法陣を破壊して止めるところだよ」
クリスが両手を上に向けて目を閉じて首を振る。
「黒精霊に人に無害な魔法や、魔法陣の発動を願うなんてねぇしな。大抵やばいモンだ」
肩をすくめるディーン。
黒精霊が絡むものへの忌避感は強そうだ。まあ、精霊を黒く染まるまで苦しめて、その上さらに酷使する人間ってどうかと思うし。
……すみません、俺と契約すると色々痛いのとか薄らいでるはずなんで、見逃してください。
なお、勇者が箱を手にした場合、この魔法陣は自動的に消滅します。壊れた場合は勇者のせいってことでひとつ。
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