第659話 『ユメール』
第659話 『ユメール』
まず近づくための対策。
周囲に作った空気の層は、どんどん剥がされて精霊たちが海水に飲まれてゆく。
剥がされた分どんどん海水から空気の精霊を取り込んで、協力をお願いし、従える。潜るほどにお願いではなく、ねじ伏せるように従えないといけなくなる。
願いも望みもない、ただの一方的な力。だって深海は人の道理の届かない場所だから。深海にいるモノたちもただそのようなモノとしてそこにあるだけ。
だからこちらもただの力で対抗しなくてはいけない。
白いぬるんとしたモノも別に悪いモノではない。白精霊か黒精霊かでいったら白精霊だ。白精霊だからといって人間に優しくないだけで。
荒れた冷たい海は、別に人間を待っているわけでも対抗しようとしているわけでもない。ただそこにあるだけ、人がいなくったって荒ぶってる。
どんどん潜り、どんどん精霊たちを従えてゆく。
実は、話し合いなんかせずに力任せに従えてしまったほうが効率がいい。それを強さと呼んでいいなら、今の俺は強い。
巨大な溶けかけた石鹸みたいな精霊に触れる。
――ああ、別にお前を手に入れて、大人しくさせる気はないよ。荒れたければ荒れて、凪ぎたければ凪げ。凍える体から氷の飛沫を生み出して、お前はお前としてここにいればいい。
自然現象や環境、地形やらの精霊は、何か変えようとするとものすごく抵抗されるけれど、変わることを望まずそのまま受け入れるのならば、敵意を向けられることはない。
いやもう、存在自体が人間には凶器なのだけれど、それに似合った魔力があれば――いや、ちょっと白いの、お前眷属多すぎない? そうね、海水だけじゃなくって風もだもんね。
海水のうねる波から離れて飛沫に、うねりから離れた飛沫が氷に、氷が海面に落ちて溶けて――目まぐるしく変わるのもいて捕捉するのが難しい。
きちんとどんなものかを理解する。理路整然と説明できなくてもいい、でもそういう 存在 ( モノ ) だと、本能で感覚で理解して受け入れる。
魔力を与え、染み込ませて自分の一部として理解する。いいです。覚悟してきたんで、眷属にも魔力散らしていいです。
なんだったら魔石も用意してきました。用意できた魔石は俺の魔力より断然少ないけど! 一応用意してきたんです!
南の危険な環境で魔力切れは避けたいんで、多少の保険はね? 深海なんてもっと危ないところで契約手続きしてますが。契約手続き長すぎない? 確認事項多いんですけど!
精霊に認識されると、縁ができる。俺の方で目を合わせなければ、つながらない縁だけど、ばっちり目を合わせてしまった。
ここできっちり決着をつけておかないと、ちょっとした時に縁が強まって、凍える海水に浸かった感覚に襲われたり、波に飲み込まれたりする感覚を味わう羽目になる。
ひどいと感覚だけじゃなく、気づいたら本当にこの海の中にドボンしてたりするからね。
強い精霊相手じゃなければ、よほど縁が強くない限り影響を受けることは稀なんで、普通の生活してたらそんな目に遭うことはない……嘘です、この世界では時々聞きます。
――もうちょっと動かない氷の大地の精霊とかを目指してたんだけど、まあ、意思を持たないそこに在る白精霊という希望はクリアしてるし。うん、よしとしよう。
『滅びの国』で黒精霊を取り込みすぎた。ちょっと思考がマイナスに傾きそうになるのをなんとかするために、白精霊と沢山、もしくは強い精霊と契約することが必要になった。
できれば俺の思考に影響を与えないタイプの白精霊。
『滅びの国』の精霊は擦り切れすぎて、人の思考とは遠いものになってたのが不幸中の幸いだけど、前に人間に憑いていた黒精霊と契約した時は最悪だった。
純粋な力、純粋な存在を求めて冒険を兼ねて人がこないようなとこ来たんです。だからこれは予定通りです、予定通り。
大丈夫です、カヌムからも遠いし、君と契約してあっちで何かやらかすことはないと思うんです。このまま今まで通り、ここにいてくれて問題ないです。というか、そうしてください。
――『ユメール』。
名付けると、凍りそうに冷え、こわばった体が元に戻る。ちゃんと『ユメール』の力や影響をコントロールできる。
コントロールというか、自分の力になったから不快な影響を受けなくなった、が正しいのかな? あんまり気にしたことなかったけど。
『ありがとう。あんまり俺の影響を与えるのもどうかと思うから、特にこれからも命令はしないよ』
契約した精霊は俺に影響を与えるけれど、精霊側も俺の影響を受ける。特に命令をした時などは、影響も強くなる。
あ、ちょっと!
そのぬるんとした白いのから姿変えるのやめてやめて。確かにちょっと見たことない姿だし落ち着かないけど、急にウーパールーパーにならなくていいから。 人間 ( おれ ) に理解しやすい見た目にならなくていいから!
深海にウーパールーパー困る。