第682話 語り
第682話 語り
『昔々、この島には、夜に不思議な光が灯る森の中の谷があったんだ。
その森の端に住む村人たちは、その光を精霊の踊りと呼んで、恐れ、その光が出る夜の森には近づかなかった。
けれどもある時、好奇心旺盛で少し無鉄砲な若者が、その光を間近で見て何の精霊なのかを知りたくって、家族が止めるのも聞かず、夜の森の中に入ったのさ。
新月の真っ暗な夜の森は、いつもと違って虫の声もせずに静まり返っていたそうだ』
こう言うのって誰から聞いた話なんだろうね。
想像で見たことあるような感じで語るのは臨場感優先なのかな?
『誰から聞いたのかって?
さて、オレは村のもう死んじまった婆様に聞いた。その婆様も当時村で長生きした爺様に聞いたと言ってたな。
最初に誰が誰から聞いたなんてどうでもいいじゃないか?
だって、森の精霊は全部見てたんだからね。
仲良くなったら同じことを教えてくれるんじゃないかい?』
おっと。
俺みたいなことを考えて、そして口にして聞く者も多いらしいね。話に組み込まれてる。
あと一人称「オレ」なんだ?
『でだ、真っ暗な森を木々の間を縫うように進んでいくと、ふわっと光が若者を追い越していった。
目の前に薄黄色い光が揺らめいて、進んでゆく。
ふわふわと、小さな蝶のように頼りなく、ゆっくりと。
でもその光は足元を照らさない。
普通の灯りじゃないんだ。
真っ暗な森は若者にとって真っ暗なままで、その光を追ってゆくのは難しかった。
「お前誰だ? なんの精霊だ?」
若者は思わず声をかける。
精霊に人間の言葉が届くことは滅多にないんだけどね、その時は届いちまったのさ』
届いちまったのさ? まるで届いちゃいけなかったみたいな話し方だな。
『「私はこの森で命を見る精霊。君はなんで夜の森に来たの?」
柔らかい子供の声がそう返してきた。
声が返ってきたことに喜んで、若者はさらに精霊と言葉をかわす。
「僕は精霊の光の正体を知りたかったんだ! 命を見る精霊――見守ってくれてるのかい? 正直、何の精霊かはよくわからないままだけれど、お前の光はとても綺麗だ」
若者が精霊に手を伸ばす。
「おやおや、私には人の感覚はよくわからないけれど、褒めてくれてる気持ちは伝わってくるよ」
嬉しげに精霊が答える。
「そんなに好いてくれるなら、踊ろうか」
嬉しげに精霊が誘う。
「踊る? 俺は村の祭りの手振りしかできないよ」
若者が答える。
「いいんだよ、楽しければ」
「いいんだよ、心が軽くなれば」
「いいんだよ、憂を忘れれば」
「いいんだよ、魂が軽くなれば」
「いいんだよ、魂が全部忘れれば」
「いいんだよ、魂がまっさらになれば」
「いいんだよ、魂に未練がなくなれば」
若者が気づくと、最初に追いかけていた精霊の他にも周囲に光が浮いている。
いや、どんどん増えて、若者を取り囲み、踊るように舞っている。
命を見る精霊は、若者の思うような精霊じゃなかった。
少なくとも守ってくれるような精霊じゃなかったんだねぇ。
気がついたら若者は、谷の中に入り込んでいたのさ』
お婆さんが酒を飲む。
「期待してるところ悪いけど、この話はこれでおしまいだよ」
「え、結局若者はどうなったの?」
ティナが聞く。
「最後はどうなったんだって? オレは知らないよ」
ゆっくり首を振るお婆さん。
「作り物の物語だったら、そのまま若者は帰らなかったとか、命辛々帰ってきて2度と森へは近付きませんでしたって終わるんだろうけどね」
酒の入ったグラスを置いて、話を続ける。
「これは昔から伝わる、大昔にあった本当のことさ。最後まで伝わってないのは、語った精霊がその後のことを知らなかったか、興味がなかったか。途中で話がかけちまってるのさ」
だからこれでおしまい、とお婆さんが言う。
「好きなオチを考えてくれて構わないよ。オレは聞いたままを伝えていくだけさ。どうしても人間はオチをつけたがる。これでも聞いたままを伝えていくってことは、そりゃあ大変なことなのさ」
くつくつと笑うお婆さん。
語りの間だけでなく、普通の会話のはずのところもどこか芝居がかっている。
いや、芝居みたいに不自然な感じはしないんだけど、語るお婆さんもなんか物語の中の人! って感じ。
間の取り方、皺深い顔に暖炉の火がつくる陰影、骨張った手に取る酒さえ雰囲気がある。
クリスがオーバージェスチャーで、お話がとても上手いのは、幼い頃からお婆さんの話を聞いて育ったからかな?
オチはないけど、なんか聞いてて不思議な気持ちになる。
もっと聞きたいような、話の続きを自分で考えたいような。全部が全部、オチがなくてもいいよね。
興が乗ったのか、6話では終わらず、お婆さんの話は10話近く続いた。エンとバクが眠そうに船を漕ぎ始めたところでお開き。
ちゃんと最後こうなりました、っていう話も、最初と同じように結末がわからない話も色々だ。
俺たちがここに泊まってる間は、お婆さんも泊まって毎夜話してくれるって。
贅沢だね。