第683話 羊洗い
第683話 羊洗い
翌日、朝食はパンと目玉焼きとソーセージとハム、チーズ、牛乳。
ジャムが2種類。
豆の煮たの。
豆を煮たのって定番なのかな? ヨーロッパでも定番すぎて、豆は塩味! 甘い餡子は裏切られた気分になるらしいほど定番みたいだし。
チーズがおいしかった。
で、今日は羊の毛刈りするんだって!
見学です、見学。俺もちょっとやらせてもらって、家の羊の毛刈りの学習しよう。
「えええ! 川に投げ入れてる!」
「なんで!?」
「羊、痛いよ!?」
子供たちが叫ぶ。
筋肉ムキムキの毛刈り職人――違うかもだが――たちが、ぽんぽんと川に羊を投げれている。
「大丈夫だよ! 彼らは慣れているし、ほら、自分から川に入る子もいるのだよ」
クリスの指さす先には自ら川に飛び込む羊。
「あ、本当だ」
手をかざしてその光景を見るディーン。
「うむ。なかなかダイナミックだ」
頷くアッシュ。
「毛刈りの前の丸洗いさ。彼らは頭がいいからね、毛を刈ってもらえることをわかってるのさ」
クリスが言う。
「毛刈りって嬉しいの?」
ティナが聞く。
「羊の毛は人間が改良してたくさん生えるようにしたからね。しかも抜け変わらない。冬が終わると暑くてたまらないのさ」
ナルアディード周辺はかりんとう饅頭ちゃんのおかげで旱魃を起こすくらい暑かったが、この辺りは普通に四季が巡っているようだ。
いや、四季なのかな?
とても短い春と、春とあまり見分けがつかない夏、長めの秋と冬だ。今はとてもいい季節で、爽やか。
「一見すると乱暴に見えるけれど、彼らは羊の体をよく理解していて怪我をさせたことは一度もないよ。他人には絶対やらせないしね」
クリスが補足する。
「そりゃ、これだけの頭数いりゃ、丁寧に洗ってられねぇよな」
レッツェが感心したように見ている。
「洗って乾いてる羊から毛刈りを始めているよ」
そう言って歩き出すクリス。
衝撃的な光景に振り返りながらその後をついてゆく俺たち。
ダイナミック丸洗い、すごい。
そして毛刈り会場。
「速い」
「うまいもんだな」
大きなハサミでどんどん切ってく。
「この羊は1ヶ月半ほどで毛が生えそろう。刈らないでいると、体温が上がりすぎたり、不衛生で体調を崩したりしてしまうのだよ。人間の勝手で改良して心ぐるしいところもあるけれど、羊毛はとてもありがたい恵みなのだよ。今いる羊たちは年に二回、毛を刈る。ほら」
クリスの視線が指す先を見ると、慣れた手つきで羊を足の間に仰向けにし、新しい毛刈りが始まった。
「羊の毛刈りはやりやすい順番があってね、まずはお腹だよ」
クリスは子供たちにも分かりやすく説明してくれる。
なるほどまずは腹。
「皮膚を傷つけないよう伸ばしながらするんだよ。肩のあたりは特に皺がよりやすい」
ふんふん。
「本当、嫌がってない。羊さん、気持ちよさそう」
嬉しそうに笑うティナ。
存外仰向けにされた羊は大人しくしていて、気持ちよさそうにも見える。
次々に刈られてゆく羊、引っ掛かりものない流れ作業みたいな状況で、見ていて楽しい。
あまりにさくさく進むのでそのリズムを邪魔したくなくて、結局見てるだけでした。
羊の見学を終えた後は、遠乗り。
どこまでも続く草原の明るい緑。
中原には風の精霊との約束が残ってるみたいだけれど、この島もなにか精霊たちの恩恵があるんだろうか。
「綺麗な風景だな」
なお、アッシュとかシヴァ、ディーンたちは思い切り馬を駆けさせていて、視界の小さな点になってる。
子供たちも馬を貸してもらって一人で乗ってるんですけど。
後ろからディノッソお父さんがついていってるけど、割と速く走らせてる。
俺?
俺はほら、ルタが朝っぱらから脱走して駆け回ってきた後だしね。ゆっくりです。
「今が一番いい季節だよ。これより早いと少し荒涼とした印象になるし、遅いと草丈が揃わなくって――花がたくさん咲くから、そちらの方が良いと言う人も多いけれど、僕はこの風景が一番好きだよ」
クリスがどこか誇らしそうに言う。
「クリスは故郷が好きなんだな。なんでカヌムに? やっぱり騎士になって誰かに仕えるため?」
金ランクまで登り詰めたら、もう引く手数多な気がする。
「故郷は好きだよ。でも冒険はもっと好きなのさ!」
ばちこんっとウィンクひとつ。
「あちこち回って、老いたらここに戻って、暖炉の前でその話をするのが夢さ。あちこち回る前に、ディーンたちや君に出会って、楽しくてカヌムに腰を落ち着けてしまったけれどね。思っても見ない場所での冒険をしているわけだから、夢は叶っているよ」
笑うクリス。
よし、あちこち引っ張り回していいってことだな?
「クリス……」
レッツェが眉間を揉みながらクリスを呼ぶ。
「なんだい、レッツェ? もちろん君も、私の素晴らしい出会いの中のひとりだよ!」
レッツェに向かって腕を広げるクリス。
「クリス……」
今度はハウロンが同じ仕草で。
「大賢者ハウロンとの出会いにも感謝しているよ?」
笑顔のクリス。
「クリス様、その言葉は不穏でございます」
執事。
「え? 感謝がかい?」
虚をつかれたような顔のクリスが動きを止める。
「何?」
なんだろう?
「お前、引っ張り回すのも限度ってものがあるんだからな?」
レッツェが馬を寄せてきてほっぺたのばしの刑執行!
「もう海底にもメールの地にも行ってるのよねぇ。直近は『滅びの国』だし……」
ため息をつくハウロン。
俺か、また俺の思考を読んだのか!!
だって、ひとり旅もいいけど、友達がいた方が楽しいし!
あと、除外してるけどカーンの砂漠の国も大概だと思います。