第684話 女海賊リリーノウ
第684話 女海賊リリーノウ
草原での馬との散歩、昼ごはんは大きなバスケットを持った使用人が馬で来てサンドイッチとワインを置いていった。
昼頃に川のそばで馬に水を飲ませて休むって予定を伝えてたみたい。
ここは羊を投げ込んでいた川と違って、浅くて馬でも渡れる深さ。蹄にちょっとかぶるくらいしかない。
川幅は広がってるんだけど。
「この場所は馬や羊を対岸に渡らせる時に使うのだよ。うちの馬は来慣れた場所さ。ちょっと休めるようにこの木もわざわざ植えたと聞いたことがあるよ」
クリスが紹介してくれる。
他とそう変わらない風景だと思ってたけど、住まう人には意味がある場所のひとつみたい。
そういえばイギリスにもフォードって地名の場所あるよね。雄牛(oxen)が渡ることのできる浅瀬(ford)なら、オックスフォード。
牧畜を生業としてる人には浅瀬は重要なのかな?
放牧の時に限らず、普通に橋をかけるより、浅瀬があってそれで済んだら嬉しいんだろうけど。
そう言うわけで人間たちは木陰でお弁当です。
バゲットみたいなパンにチーズを挟んだ素朴なもの。
にんじんスティックに干し葡萄。
何故に生にんじん……?
クリスもディーンもいい音をさせてぽりぽりしてるけど。
えーと、生にんじんってビタミンCを壊す酵素が含まれてなかったっけ?
あとカロテノイドって栄養素の細胞壁を熱とかで壊してやらないと、体がその栄養素を吸収しにくい――んじゃ?
いや、なんか精霊が寄ってきたから大丈夫そうだぞ?
「にんじんって生食文化なの?」
「歯応えが昔から好まれるね。うさぎの好物のイメージがあって、多産になるっていわれがあるしね」
「なるほど?」
おせちの数の子的な子孫繁栄祈願?
精霊がにんじんをつついている。
この島ではいいけど、カヌムで生にんじんは止めなきゃなあ。ちょっとならいいんだろうけど。
パンとチーズはとてもおいしかった! オリーブオイルがかかってて、チーズがものすごくパンに合う。
昨日の夕食のフォカッチャみたいなのもチーズにすごく合ったし、この島はチーズを中心に味を決めてるのかな?
ちなみにパンに挟んであるチーズは昨夜のものとは違うもの。
昨夜のは白っぽかったけど、今のはちょっと黄色みがかった色して固めなものを薄くスライスして重ねてある。
お土産にチーズ買って行こうかな?
――店は一軒も目にしてないけど。
というか町を見てないんですが、他の村人の家もぽつぽつと離れたところに建ってるし。集まってないってことは平和が続いてたのかな?
一軒ずつ襲われたら大変だよね?
「山が見えない場所ってのも、おちつかねぇな」
レッツェが言う。
「そうかい?」
「ずっと見えるところで生きてきたからな。カーンの国だって、砂山だが山はあったろ。ここまで視界いっぱい開けたとこに来たのは始めてなんだよ。方向がわからなくなりそうで、なんだか海原で船に乗っている気分になる」
あたりを見回してレッツェ。
中原はだだっぴろいけど、南にある山脈の山が高すぎて、天気がよければ遥か離れた北のほうからでも見える。
北に行ったら、黒山ちゃんの威容も見えるしね。
山国日本な俺からすると、中原も山はないっていいたいんだけど。レッツェ的には方角や位置を図るものがない! ってかんじなのかな? いいんですよ、『青光石』使って。
あ、もう一個の道具がなきゃダメか。あとで復元して渡そう。
涼しい風が吹き渡り、草原が波打つ。
本当だ、海にいるみたい。
手足を伸ばして大の字に寝転がる。
開放感があって気持ちがいい。
2日目夜。
夕食はウサギのグリルがメイン。
他は昨夜とあまり変わっていない。たぶん、メインを変えるだけで他はあまり変えない文化っぽい。
食に対して保守的――ってわけじゃなく、旬の食材や、保存しておける食材が決まってるからだね。
海から遠いし、交易品がすぐここまで届くとは思えないし。地モノだけで構成されたメニューです。
で、食後はまた部屋を移動。
語り部のお婆さんが暖炉の前に座って待っていた。
「さて、今日は少し長い話をしようかね。イーズのぼんにリクエストされた、イスウェールの女海賊の話さ」
と言うわけで、女海賊の話です。
『昔、まだイスウェールは北の民の領地だった。北の民は、ひとところに留まるのが珍しいから、領地というより支配地とか勢力圏と言ったほうが据わりがいいかね?
北の荒くれた海賊たちが持ち込む海獣の牙が、同じ量の金と取引され、それはそれは栄えていた。
女海賊も少なくなかったよ。
そんな時代の話さ。
燃えるような赤毛、黒い瞳、剣を取っては死人の山を築く。なかなかおっかない海賊だったと伝わっているね。
名前はリリーノウといって少し可愛らしいんだよ。
リリーノウはある時古い海図を手に入れた。それは海の精霊の宝の在処を示したものだったのさ。
リリーノウは海図が示す、深い霧の海域に船を進める――』
女海賊リリーノウの話は深夜まで続いた。
シュルムの提督の奸計、難破したと見せかけた船。
救助した者たちが夜中に敵に変わる――昨夜と違って、けっこうハラハラドキドキする展開だ。
今はクライマックス、精霊の宝を手に入れたはいいけど、敵の大船団に囲まれている。
裏切り者が宝の地図の写しをシュルムに売り渡していたことも分かって、今までのちょっとした失敗もそいつが細工してたことが分かった。
『海の精霊の宝は、海から水を無くした。
シュルムの提督の率いた船団は呆気なく海の底に落ちて、そして戻った海水に飲み込まれた』
ん?
『海の精霊の2つの宝は使う者によっちゃ、とても危険な物さ。使い方によっては海が国を飲み込む』
ん?
『リリーノウは賢明にも海の精霊に2つの宝を返したのさ』
「海の水がなくなっちゃうの?」
「海の水が陸を覆っちゃうの?」
「すごい宝物なのに手放しちゃうなんて……っ」
子供たちが目をキラキラさせて、女海賊リリーノウに夢中になっている。
俺もさっきまで夢中だったんだけどね?
なんかその宝って聞いたことあるんですよ。気のせいかな?
……うん。
レッツェたちの視線が痛いんで、気のせいじゃないですね。それ、片方は七色に光る野球ボールくらいの珠じゃない?
日本じゃ『 潮涸珠 ( しおふるたま ) 』って言うんですけどね?
女海賊リリーノウだけじゃなくって、その宝を利用しないことに決めた人を知ってます。
クリスっていいます。
クリス本人も気づいたらしく、ちょっと顔が引き攣っている。
酒の肴にするっていってたけど、海の精霊から直接もらったものだから返すなんてことはできそうにないね!
がんばって、クリス!