第696話 物理でお願いします
第696話 物理でお願いします
本日の昼はベーグルサンドを用意。
柳の枝で作ったランチボックスに、半分に切ってカラフルな薄い油紙に包んで断面見せて――と可愛く見えるように詰めてきた。包んできた風呂敷……もとい、バンダナもパステルのふわふわした感じの。
「この色はどう……」
「草木染め」
微笑を浮かべる表情の割に戸惑った声色の執事に、きっぱりはっきり短く答える。
「……」
「……」
笑顔で見つめ合う俺と執事。
ちょっと木の皮を剥ぐと中がピンクだったりラベンダーだったりパステルグリーンだったりする樹木が爆誕したけど、草木染めです。
「手をつけずに眺めていたくなる気持ちはわかる」
アッシュ。
アッシュはたぶん可愛らしいものが好き。でも、扱いが簡単なものというか、質実剛健というか、実用的なものを身の回りに置いている。
自分に似合わないからってことじゃなく、可愛らしいものより使いやすいものの方が落ち着くらしい。お陰で可愛いものが好きって気づくまでちょっとかかった。
可愛らしいものはたまに愛でるのが好きなのかな? 好きだけど、ずっと手元にあるのは扱いに困る、みたいな。
食べてなくなるものとかなら、安心して自分のものにできるので嬉しいっぽい?
アッシュ、肉も好きだし食事はガッツリ気味なんで、単に甘いものが好きなだけかと思ってた俺です。
これからデザートは可愛く盛り付けるよ!
「む、相変わらず彩がいい」
「外だとどうしても食べやすいことを優先になっちゃうけど、せめて彩くらいはね」
スモークサーモンのオレンジ、ローストビーフのちょっと茶色がかったピンク、クリームチーズの白、レタスの明るい黄緑、玉ねぎはものによって白と赤と紫を使い分ける。
……この世界、青いのも黒いのもあります、玉ねぎ。青い薔薇があるくらいだしね。精霊が何か影響を与えてこうなったのか、単にもともとこういう世界なのか謎だ。
俺が広めつつある野菜は普通の色が多いんだけど。多分それは品種改良の時に俺のイメージを手伝ってくれた精霊がふんわり汲み取ってくれた結果だと思う。
なお、黄金シリーズは除く。黄金シリーズ、弁当に入れると物理的に輝いてて、彩的には最強なんだけどね。この間、ごまビスケットに金のごま使ってたのがばれて、レッツェとディーンに変な顔されたばっかりです。
「どうぞ」
執事にお茶を渡される。
「ありがとう」
みんな俺のことどうこう言うけど、野外で白い磁器のティーポットとカップを出す執事も大概だと思う。
俺が贈ったものだけど、作ったの工房の人だし、普通に割れるし普通に汚れるのに真っ白で傷もないままなんだよね。ついでに運んできた様子もない。
【暗器】だっけ? 袖口に収納できるもの大きくなったのかな? 執事の精霊の性質は「仕舞う」というより「隠す」なんだけど。
執事の年齢で憑いている精霊が育ったのは、ここカヌムでの生活が精霊にあった環境だったのか、何かで執事の魔力が上がったか。
「こちらのラベンダー色のものはなんだね?」
「ブルーベリーとクリームチーズ、デザートに近いかな? ちゃんとしたデザートはアップルパイだ」
アッシュの好きなショートケーキは持ち歩きには向かないので。
【収納】からだしてもいいんだけど、せっかく野外で食べるんだから――というか、アッシュとお茶する家ではショートケーキを出す機会が多いんで、外くらいはね。リンゴが豊作だったせいでアップルパイ率も高めなんだけど。
アッシュのためにパイアートをほどこしたアップルパイ。縁に咲くパイの小花、編み込んだ格子から覗くピンクのリンゴの花。――正直、焼く前の方が可愛く見えた気がするけど、大丈夫、出来上がりも可愛いはず。
「可愛らしいな。切ってしまうのが勿体無い、ジーンは器用だ」
「リンゴがしっかり甘酸っぱいから美味しくできてるはず、遠慮せずに食べて」
なんて2人で会話してるけど、執事が一歩引いたところに座って笑顔でこっちを見てる。気配を消してるんで、いないものとして扱って欲しいんだろうけど、俺の場合ばっちり存在を認識してしまってですね?
他の人と話してたら執事の存在に気がつかないこともあるだろうくらい、視界に入らない限り存在を認識しづらい。普通の人だったらだが。
意識しなければ、もしかしたら普通の人並みに執事の存在を見失い――ダメだ。認識しないようにすればするほど執事の存在感が大きくなる気がする!
正直すごく気になります。いっそ気配戻して会話にまざってくれないだろうか。物理的に二人きりにしてもらえるならともかく、気配的に2人きりってどうなの?
あれか、もしかしてこれが貴族の使用人は人数に入らないというやつ……っ!