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第708話 幼名

転移したら山の中だった。反動で強さよりも快適さを選びました。 — kakuyomu.jp · All chapters

第708話 幼名

勧めに従い、床に敷かれた毛皮に座る。靴から伝わる感触では毛皮は剛毛、寝転ぶようではないっぽい。

炉にずっと火があるせいか、尻がぽかぽかと暖かい。毛皮が暖かと言うより、その下の石が蓄熱してるから。

座ると『銀狐のバインズ』が、素焼きっぽいカップに何やら入れて、炉に掛かられていた丸っぽい鉄鍋から湯を掬って入れた。

鉄鍋の中身はお茶だったらしく、渡されました。

なんのお茶だろう? 中原には紅茶が入ってきて流行り始めてるけど、まだまだその辺の草……じゃないハーブティーの方が多い。

レッツェもコーヒー以外はなんか薬草茶派だし。

「いただきます」

飲むとちょっと渋いけど、口内はスッキリする感じのお茶。

「まず黒山と聞いてもここまでついてきてくれたこと、感謝する」

軽く頭を下げる『銀狐のバインズ』。

「話を聞くだけならね。聞いて、周囲に確認して、俺が必要なことに納得したら手伝うよ。場所が黒山なことは問題ない」

周囲に確認すると告げ、嘘や不都合なことを話さないという選択肢を封じる。

「我らの頼みは、黒山にある大洞まで付き添い、そこから持ち出したものを『怒り狂う炉』を渡る時に冷やしてほしい」

『銀狐のバインズ』が続ける。

『怒り狂う炉』ってなんだ?

持ち出すものって?

話はまだ続くので、おとなしく続きを聞く。

「持ち出すものは、大洞の奥にある黒山の影響を受けてできた氷だ。金貨も氷も等しく、大いなる恐怖たる黒山の精霊のもの。持ち出すには大きな困難が伴う」

ああ、北の民って黒山ちゃんから財宝持ち出すブームあるんだっけ?

黒山ちゃんの価値観的には、宝石だろうが土だろうが変わらないよね。精霊が大切にしたり、こだわったりするものって千差万別だけど。

黒山ちゃんの影響を受けた氷って、精霊金の氷版みたいなもんなのかな?

「『怒り狂う炉』を抜けるのは危険だが、通らねば間に合わぬ。氷はどんなに冷やしても、2刻のうちに消え失せる」

「『怒り狂う炉』は、名の通りドラゴンの息吹、溶岩が渦巻くような熱さ。冷やしてもらわねば、2刻を待たずに溶けるのだ」

『銀狐のバインズ』に説明を任せていた『鉄槌のボインジ』が口を挟む。

近道して、暑いを通り越して熱いとこ通るのに、氷を冷やす人が必要と。

「冷やす箱みたいなの作るんじゃダメなのか?」

「黒山は恐ろしいが平等な試練の地でもある。持って行けるのは、己の魔力。そこにいない者の魔力を帯びるものは、持ち込むことはできない」

「持ち込める道具は己で作った物のみよ」

『銀狐のバインズ』が当然だという顔で言い、『鉄槌のボインジ』が誇らしげに言う。

もしかして試練好きだな?

あと黒山ちゃんのとこってそんな感じだった?

「氷はなんのために?」

肝心なことを聞く。

「我らが妹の呪いを解くために」

「我が父母の代わりに我らが」

『銀狐のバインズ』と『鉄槌のボインジ』が誓を口にしたかの如く、重々しく答える。

「呪い?」

「ああ、我らが家系は呪われている、古い祖先たちの対立が元と伝わっている。我ら2人の呪いは、父母が解いてくれたが、両親は老いた。歳の離れた妹の呪いは、我らが解く」

「呪いが解けねば、大人になる前に忘却の川の水を飲むことになる」

『鉄槌のボインジ』の言う忘却の川って三途の川的なものかな?

『忘却の川の水を飲むって言い回し、死んじゃうってことであってる?』

『あってる』

『あってるよ』

『自信持って!』

『間違えてないし、安心して!』

そっと人に聞こえないよう精霊にきけば、肯定と微妙に励ましの言葉が返ってきた。

なんだろ、ここにいる精霊は、家を構成するものの精霊が大部分だからかな? 古い家の精霊って、性格にその家に住んでいた家族の影響を受けるたりする。

この家に住んだ人々は励まし合いながら過ごしてたのかもしれない。

『この二人は、嘘を言ってる?』

『言ってない』

『言ってないよ〜』

『信じて!』

『嘘は言ってない、安心して!』

『この二人は、俺に言うべきことを全部言ってる?』

『言ってない』

『言ってないよ〜』

『!』

『!』

おっと何か隠してる?

まあ、まだ主要なところ話しただけで、これからもうちょっと詳しく――なんて思ってたら、扉が開いて、冷たい風と一緒に三つ編みの少女が飛び込んできた。

「ボインボインお兄様、バインバインお兄様、おかえりなさい」

ぼいんぼいん? ばいんばいん?

思わず『銀狐のバインズ』と『鉄槌のボインジ』の2人を見る。

「チンチン」

『銀狐のバインズ』から漏れる言葉。

わーわーわー!!!!

突然の下品! 心の中で耳を塞いで叫ぶ俺。

ちょっと、なんて愛称つけてるんですか!