第718話 何もしないこと
第718話 何もしないこと
「ジーンにどう見えているのかわからないけど。生まれた時から周囲の精霊に少しずつ呪いを引き剥がして分離してもらっているの。成人する頃にようやく、呪いと対象の精神体が別のものになるわ」
ああ、じゃあ最初はもっとめり込んでたのかな? あの魔法陣のリボン。
ゆっくり剥がすのは対象に負担をかけないためとかだろうか? ハウロンがそばにいるわけでもないし、あの精霊たちのぼいんぼいんばいんばいんが一番安全で効率がいいのかもしれない。
「『北の民』特有の、オオカミの姿をした精霊を飛ばす呪いは、呪いを撃たれた時に問答無用で返すのが一番楽。元々対象に入り込まれたら、面倒なのよ――動物の形をとっている時点で人間の理とは変質してるから、読み解くのが難しいのよね。何で恨んでいるかの『何で』の部分がはっきりしなくなって、怒りや憎しみが渦巻いて。しかもそれは人間にある感情だから、対象に馴染みやすくて」
顔を顰めるハウロン。
「面倒くさそうだな」
「解呪のキーが設定されてないのなら、原因を知ってその原因を取り除くとか、取り除いたように見せかけたりとか、そういうことをするんだけれど。長い間に呪いが擦り切れて、原因が関係なくなってしまっているから――欲しいモノを勘違いさせることにしたのよね」
「勘違い……」
あれだ、紙の人形の身代わりとかそういう系? 氷で作るの?
「そう。対象より、そっちが呪いたいモノだって思わせたの」
「幼名から、名づけ変えることで対象者も『違う』ものだって思わせる?」
妹さんの名前を変えて別人だと思わせて、呪いの対象だと勘違いされるような 氷 ( もの ) を置いて、呪いをそっちに移す。
「ええ、ほんの少し惑うくらいでしょうけれど、ね。そのほんの少しで十分」
「何で氷?」
何が関係するんだろう?
「懐に入れてあとは脱出というだけじゃなく、氷なら持って帰る最中もハラハラするでしょう? 氷が溶けていないか心配で、意識を氷に持ってゆく。失敗の確率も上がる。黒山の魔力のほかに、勘違いさせるために血縁者の焦りや懇願、恐怖みたいな感情が必要だったのよ」
必要なのは氷そのものじゃなくって、氷に願った思いとか、氷に向けた心配、氷を失う恐怖。
呪いの対象となる人たちの思いが依代。
だから黒山に氷を取りに行くのは家族なのか。全員呪いの対象――
「あれ、お嫁さんとかお婿さんが氷を取りに行ったら失敗するのか?」
「血統の者の方がいいけれど、対象者と血が繋がる『腕長』たちなら大丈夫よ。同じことをやてきた者たちで、恨む対象なの」
ああ、たまたまばいんぼいんの先祖の家に囚われたけど、襲撃自体は他の『腕長』も行ってたわけか。
閉鎖的な印象を受けたから、市場でみかけたことしかないけど、他の『腕長』の人たちも全員どこかで血縁ありそうな気はするし。
ある程度苦労させることが、『がんと』をかけた人への供養にもなるんだろうか。少しは胸がすく?
「じゃあ、あんまり簡単に持って帰っちゃダメなんだ?」
「そう。ある程度酷い目に遭わないとダメ」
難しくない?
「普通は難しくないわよ? 失敗の確率のほうが高いくらいなんだからね?」
「心を読まないでください」
レッツェに続いてハウロンまで俺の心を読んでくるんだけど、どういうことだ!
「考えてることが丸出しなのよ!」
ハウロンが叫ぶ。
「……とにかく、氷を取りにゆく血族には苦労させること。どうせ氷が溶けないように魔法をかけてほしいっていう依頼でしょう? それだけしかしないことね」
「ついて歩くだけがいいんだ? でも『地の民』には顔が割れてるからな」
黒山ちゃんには変装は無意味だろうし、『地の民』も果たして 外見 ( うわべ ) で見分けているのかどうか、自信がない。
本格的に姿消してこうかな?
「『地の民』はともかく、黒山から物を持ち出すのは骨が折れるわよ? あの人を寄せ付けない古い強大な精霊は、たとえ知り合いでもルールは曲げないと思うわ」
……。
あれ、黒山ちゃんと契約してることってハウロンに言ってなかったっけ? すでに松とか杉とかもらってるんだけど。
これは告白するところ?
「ウン、ワカッタ」
「ちょっと、目を逸らさないでくれる?」
「ダイジョウブ」
「ちょっと……!」
「じゃ、これも差し入れ! ガンバッテ」
アーモンド小魚とチーズの入った袋を差し出す。
「骨粗しょう症に気をつけて! じゃ!」
「こつ……?」
戸惑い顔のハウロンを置いて、【転移】。