第723話 相変わらずな黒山ちゃん
第723話 相変わらずな黒山ちゃん
「これはうまそうな……」
「ここで温かい料理を口にできるとは」
『美味しいの』
かぶりつく3人。
『黒山ちゃん、まだ海の上だけど』
いきなり混じられるとびっくりする。
『黒山ちゃんの裾野は海の中にも続いているの』
『なるほど』
それはそうだ。
俺もたっぷりエビを挟んでタルタルかけたやつからガブっと。うん、我ながら美味しい。
「温かいだけではなく、美味い!」
「町で食う飯より美味い!」
2人にも好評。
「味が薄いところがあるな?」
「味がないところがあるな?」
「だが美味い!」
「今までで一番美味い!」
味がしないところは黒山ちゃんが齧ったところです。諦めて。
時々食べつけない料理は全拒否! っていう人もいるから、そうでなくってよかった。なお、調味料はちょっとズルして色々使ってます。
腹ごしらえしながら夜を待つ。
『のんびりさんなの』
『色々 家族 ( ローカル ) ルールがあるっぽいね』
黒山ちゃんの隣、夜を待っている意味とは? ってなってる俺だけど、2人に従う方向。
「海の中の魔物との戦い、すごかったね。いつもあんな感じ?」
無口な人状態になるのを避けるため、2人に話しかける。
「いや、狩りならば綱と 銛 ( もり ) を用意する。逃げられたり、海に沈まれると倒しても意味がない」
『銀狐のバインズ』が答える。
「なるほど」
それはそうだ。
『時々絡まってるのもいるの。ロープごとポイなの』
黒山ちゃん、無慈悲。
「海での戦いは怖くない?」
魔物だらけの凍える海に落ちたら、って思わないんだろうか。
「戦士として生き、戦士として死ねば、我らは天の国に迎え入れられる。日々戦っては復活し、夜は宴会を楽しむ、理想の楽園」
それ、楽園って言うの? どんだけ戦闘好きなの!?
「病気や老衰で命を落とすと、死後は陰鬱な場所で過ごすことになる」
恐ろしい、みたいな顔して『鉄槌のボインジ』。
戦って死ね! な、刷り込みか。
怖気付いて引いたり逃げたりしたら、周囲からの突き上げが厳しそうだ。ヘタをすると殺されるとか、家族ごと酷い扱いを受けるようになるとかありそう。
絶対引けない鉄の掟と、戦死後は幸福な世界の約束――こう、使い捨ての暗殺者の育成とかでも、死後に理想郷があると信じさせることがあるけど、現世で幸せになる気はないんだろうか?
大勢の美女に傅かれて美味い料理と酒! 贅沢! みたいな、とても分かりやすい理想郷の提示が多いんだけど。
現世が厳しいから、理想郷は絶対ないと諦めているんだろうか。
……あれ、もしかしてディーンとクリスが通ってた娼館がそうなのか? 理想郷? バインボインの2人よりとても健全?
ディーンとクリスの娼館のことは一旦置こう。
『戦の神ヴァンは願いが単純なの』
黒山ちゃん、飛び火させないで。
――北の民って、割と中原に略奪に来てるんだよね。彼らは開拓者であり、略奪者であり、貿易人。
まあ、海賊はナルアディードの海運業者もやるし、シュルムもクラレッツも――ほぼ全ての国がやるんだけど。
違いは船をメインに襲うか、海辺の町も積極的に襲うかみたいな。さすがにカヌムまではこないけど、浅瀬にも乗り入れられるこの船で、海岸沿いだけじゃなく、川沿いの町も被害に遭っている。
最近は交易が盛んになったことで、減ったらしいけど、天候が悪い年とかは、手が空いた農閑期に略奪者に変わる。
食べ物目当てだから、刈り入れを終えた頃がちょうどいいというのもあるんだろう。
やっぱり食料だなあ。気候からすると、ライ麦とかじゃがいもだろうか。とりあえず主食は安定させたいよね。
陽が沈んだところで上陸、船はバインボインの2人が陸に引き上げた。船は本当に軽いのか、2人が力持ちなのか、その両方なのか。
陸にひっくり返されて置かれた船、雨が入らないようにとかかな? この船は後で取りにくるって。
『蛹みたいなの』
『ああ、確かに』
『この船でよく死体が流れてくるの』
急に不穏。
いや、船乗りって墓を作るんじゃなくって小舟で流したりするんだっけ?
『黒山ちゃんのところに流れ着いた後は、魂のありかに精霊たちが送ってゆくの』
『魂のありか』
『黒山ちゃんも詳しく知らない。でも、記憶を食べる精霊とか、痛みを消す精霊とか、執着を押し流す精霊とか、そこに行くまで空の星みたいにたくさんいるの。送ってゆくの』
『へえ』
天の川みたいに精霊がたくさんいるところを想像した。
「忘却の川の水を飲む」って言ってたけど、それは精霊たちのことだったのかな。