第729話 宴
第729話 宴
家の中に入ると、20人近くの人がいる中、炉の正面に案内される。いい匂いが漂ってると思ったら、豚の丸焼きが鎮座。
「南方の珍しい香辛料やワインを用意しようかとも思ったが、賢者ジーンはことのほか我らが暮らしに興味があるようだったので、あえて伝統的な形をとった」
『鉄槌のボインジ』が言う。
「ありがとう、嬉しい」
北方では珍しい南方の――タリア周辺とかエスとかの食材は、高くて手に入りづらい、持ていることが一種のステータスなのだろう。
珍しいだろうって出されてたら、どんな顔していいかわからないとこだった。
『銀狐のバインズ』が酒盃を渡してくる。角杯! そして入っているこれは、たぶん 蜂蜜酒 ( ミード ) 。
「我らが血族は今この時より、賢者ジーンを同胞(はらから)として助け、一族の詩を望むだけ伝えよう!」
盛り上がる周囲。
詩?
「角杯は回ったか! 今日は喜ばしい日、一杯目は皆、神々に捧げる蜂蜜酒を楽しめ!」
やっぱり蜂蜜酒なんだ? で、神に捧げる酒か。と考えながらも角杯に口をつける。
だって全員一斉に飲んでるんだもん。楽しめ! が乾杯みたいな意味なんだろうな、たぶん。空気を読みました!
「賢者ジーンに助けられ、命を繋いだ我が妹には新たな名がつけられた。贈った名は『チンチル』、まだ名誉ある二つ名は持たぬ身だが、呼んでやってくれ」
『鉄槌のボインジ』にそう言われ、『銀狐のバインズ』の横にいた妹さんを見る。
よかった幼名から無事変わって。
「『チンチル』、成人おめでとう」
「ありがとうございます! 兄たちを無事に返してくれたことも!」
いえ、それは本当に何もしてない。キラキラした目で見られても困る。
豚の丸焼きから肉が削ぎ落とされ、配られる。俺には一番に配られました。肉はここでもやっぱり家長が切り分ける
干しリンゴ、干し葡萄、ブルーベリーっぽいジャム。皿代わりの大きなパン。角杯に注がれる新たな酒、大きな笑い声。
歌われる先祖たちの詩。
なるほど、歌で色々子孫たちに語り継いでるんだ。俺に聞かせるために事前に指定でもしたのか、湖で鉄を見つけた詩――内緒にするべき場所もバッチリ――が歌われている。
素朴なパンパイプ――ギリシア神話の牧神パーが吹いてるアレ――木と骨のフルート、ライアーみたいな弦楽器。
吟遊詩人にしてはむくつけきオッサンどもなんだけど、いい声だ。
詩を聞きながら酒と料理を楽しむ。丸焼き美味しい。
「賢者ジーンよ、酔いが回らぬうちに約束の金塊を」
「賢者ジーン、忘れぬうちに皮袋の返還を」
お盆のような物に載せられた、金塊と皮袋、リュックが持ってこられる。
「ありがとう」
見た目より金って重いんだよね、約束だし貰うけど何に使おう。
やっぱり精霊金にして彫像かな? 迷う。氷運ぶ用の皮袋は調べた跡がなく、そのまんま。縫い目を解いたら自動的に燃えるあれをつけといたんだけど、平気だったみたい。
「約束の報酬だけではない、我らの感謝は我らの命で」
「我らの命が必要な時は遠慮なく呼ぶがいい」
『銀狐のバインズ』と『鉄槌のボインジ』の重々しい言葉。
「俺はそんな危ないことには近づかないよ。でも、ありがとう」
気持ちは受け取っておこう、受け取らないと逆に拗れそうというか、押しかけられそうな気配。
陽気な酒盛りと、詩の旋律と。
『地の民』とはまた違った宴。どちらも外敵に見せる顔は怖いけれど、中に入ってしまえば気のいい存在だ。お土産に鍋一式もらったし。
宴会を終え、山の家に帰る。
2日続けてリシュに念入りに嗅がれました。
大勢の匂いがしただろうか?
土地の匂いがしただろうか?
俺的には酒と豚の丸焼きの匂いが一番強いと思うんだけど。
満足したのか、ふんっっと鼻をならしてリシュが離れる。
風呂に浸かって、酒臭さを抜く。酔っ払って入っちゃいけないんだけど、俺には【治癒】があるので、これ以上酒が回ることはない。
ちょっとふわふわした気持ち。
リシュに嫌われないよう、念入りに洗ってさっぱりする。自分を乾かしたら、リシュのブラッシング。
触れ合いは大切。
お腹をわしわしなでて、はくはく噛み付く遊び。手を突き出したり引っ込めたり。リシュにも噛み付く気はなくって、俺の手を目掛けて鼻面を突き出してくるけど、その手前ではくっと口を閉じる感じ。
うちの子笑顔が最高に可愛いんですよ。