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第769話 英雄の歌

転移したら山の中だった。反動で強さよりも快適さを選びました。 — kakuyomu.jp · All chapters

第769話 英雄の歌

「ところで昨日散策したら、『青の精霊島』と並んで、『勇者クリス』の歌があちこちで歌われてたんだが?」

ちょっとジト目のディノッソ。

「勇者クリスは、おそれを知らず♪」

「海の精霊に誘われ〜暗い深海に〜♪」

エンとバクが吟遊詩人の歌の一節を、変な抑揚をつけて歌う。

『勇者クリス』の冒険譚はナルアディード、マリナやタリアの沿岸部の町で人気の歌だ。昼は噴水のある広場で、木陰で、夜は酒場や食事処で吟遊詩人が歌っている。吟遊詩人じゃなくても、陽気なおっさんが楽器抱えて歌ってるところもある。

そして、なんか歌から亀の存在がだんだん消えてきてる。最初はいたんですよ?

でも時が経つにつれ、亀は同行者から知恵を授ける助言者になり、亀だった海の精霊は海の精霊になり――。

俺もクリスもカヌム以外で話したことないし、おそらく話の出どころは精霊。箔をつけたのは野菜作ってる村のクリスの黄金像。

精霊たちは筋道だって話すってことはまずないし、亀のことを「それはそれは美しい人だったんだろう?」とか聞いたとして、真顔で「うん」って答える。

ノリの方を優先させることもあるし、美しいって本当に思ってる場合もある。価値観は人間と違うし、精霊たちの間にだって差がある。

悪いことばかりじゃないけど、本当にあったことを探し出すのは難しくなるよね。

だから俺は『勇者クリス』の冒険譚に耳を傾ける、きっと近いうちに海の精霊は、海の美しい乙女に変わるんじゃないかと。

「『勇者クリス』の黄金像、見たい!」

「動くんだよね!?」

エンとバク。

「一番綺麗に見えるのは、朝日が当たった時か夕日が当たった時かって、ご飯の時に隣の席の人が言い合ってた。どんな人なのかしら」

ティナ。

どんなってクリスですけど。

「……何度か言おうとしたんだけどな」

ディノッソがなんとも言えない顔で言う。

「黄金像を見たら見たで、知ったら知ったで盛り上がると思うわ」

シヴァがにっこり笑う。

あ、はい。

明日は『青の精霊島』に連れてこうかとも思ったけど、タリアの村ですね。わかりました。

続き部屋の扉が開いてキールが出てくる。

キールも正装してるけど、いつも似たような格好してるから目新しさはない。キールもアウロもなんで服とか靴とか汚さないんだろう。執事もだけど。

続いて出てきたのはソレイユ、続いてファラミア。

「わあ、綺麗!」

ドレス姿のソレイユを胸の前で手を合わせて見つめるティナ。

「ありがとう。『青の精霊島』で織られた布よ、ここで広告塔になって上手く興味を持ってもらわないとね」

にっこり笑ってソレイユ。

ドレスも格好い系の綺麗系の形で似合ってますよ、布だけじゃなくって。クリスがここにいたら、代わりに賞賛してくれるのに。

ファラミアは普段、簡素に仕立てた黒のドレスに白い襟、カフス、胸当てつきのエプロンという、俺が採用したザ・メイド! な、お仕着せ――エプロンを外してることも多い。

ちなみに襟と袖の白いカフスも外れて洗えるし、場合によってはレースの飾り襟やカフスに付け替えられる――なんだけども、今日は落ち着いたドレス姿。

たぶんこっちも記事は上等、装飾は少なく、ソレイユのそばに立つとソレイユが引き立つような装いだ。ようなというか、引き立つように選んだんだろう。

「本当、面倒だけれど、こういうところで顔と名前を売っておくのも大切よ。今後の商売の信用になるわけだし」

などと言いながら気合を入れているソレイユの後ろ、ソレイユの髪を整えるファラミア。

髪だけでなく、袖や襟、裾、俺にはどこが乱れていたのか皆目見当がつかない修正をしている。

「ああ、そうだ。これあげる」

レースのハンカチを2枚。

「ハンカチなら私も――こっちは塔の精霊のレースね? いいのかしら?」

ハンカチなら持っていると言いかけ、2枚目を見て言葉を変えるソレイユ。

多分ソレイユのことだから、今現在持っているのがカラレのレースハンカチなのだろう。

「どうぞ。服と色を合わせるとかなければ、今日から遠慮なく使って」

服のあれこれは変わらないけど、カラレのレース入りのハンカチは貴族へ自慢できるってハウロンが言ってたので。

王様と相対するソレイユには、蜘蛛に似た精霊が紡いだ糸で作られた、繊細で綺麗なハンカチを用意した。

これも文字通り人間業じゃない透かし模様が美しい。

「薄いけど、信じられないくらい丈夫だから。肝心の水はあんまり吸わないけどね」

むしろ弾きます。

油分も弾くし、ビスケット食べてボロボロこぼした時になど、食べこぼしを払うためにお使いください。

「これ一枚で、国王陛下のお召し物より高い。下手な装飾品をつけるよりさりげないし、とても良いわ」

笑うソレイユ。

精霊のレースに関しては、俺が通気口の虫除けに網戸がわりに張ってもらっているのをソレイユも知っているので、ハンカチ程度では動じない。

塔の玄関ホールでは、イーゼルたててキャンバスの枠だけ置いたところに、精霊がせっせとレースを作ってくれてるし。

「カラレのハンカチはファラミアにも。ソレイユとお揃いだ」

「私にも……」

ファラミアがハンカチを受け取り、大事そうに胸に抱える。

「あら、ファラミアとお揃いなの?」

精霊のレースから、カラレのレースのハンカチに興味を移すソレイユ。

商売に役立ちそうなものから、すぐに切り替えるのは珍しい。

「む……」

二人を見てちょっと羨ましそうなキール。

「キールもアウロとお揃いであるけど」

「そこは揃えなくていい」