第四百四話 小さな伝令
第四百四話 小さな伝令
感想欄の治安が悪いので、今回の連載が終わるまで一旦閉じます。
連載の最後にまた開くので、感想を書きたい人は温めておいてくださいm(__)m
エイブラハム大佐は数年前まで平凡な軍人だった。
しかし、彼の人生はとある物を手に入れたことで一変した。
魔剣である。
銘は 血命 ( ブルート ) 。
片刃の黒剣で、能力はシンプルな身体強化。
しかし、そのシンプルな効果はほかの魔剣と比べて強力であり、この魔剣を使うことでエイブラハムは大佐まで上り詰めた。
ただし、それと引き換えにエイブラハムの性格は難のあるものへと変わってしまった。
「血だ……血が足りないぞ!」
藩国軍が設置した小屋でエイブラハムはそう叫ぶ。
現在、魔剣は没収されて、エイブラハムは軟禁状態だった。
藩国軍の兵士たちは不気味さもあって近づかなかったが、命令を受けてエイブラハムの軟禁を解いた。
「エイブラハム大佐。あなたに命令が下った」
「命令……? その前に私の魔剣を返せ!!」
そう言ってエイブラハムは伝令役の兵士の首を掴み、そのまま締め上げる。
伝令役の兵士は呼吸ができず、いまにも気絶しそうだったが、その間に運び込まれた血命を見てエイブラハムは兵士を離す。
「おお……! 我が最愛の友よ……!」
エイブラハムは血命を手に取ると、その刀身に頬を擦り付けて、うっとりとした表情を浮かべた。
そんなエイブラハムから距離を取りながら、伝令役の兵士は伝える。
「くっ……騎馬隊を率いて帝国との国境線へ向かえ! 我が国の王女が帝国に亡命する! それを阻止するのだ!」
「阻止……? 私が手を下すと全員死体になるが?」
「構わん! 殺してもいいから阻止せよ!」
「ふ、ふふふ……王女の血か……尊い血はどんなものか……興味があるな」
そう言うとエイブラハムはすっと立ち上がる。
そして。
「出るぞ。騎馬隊は勝手についてこい」
そう言ってエイブラハムは小屋から出ると、近くの馬に跨って走り出したのだった。
■■■
パーシヴァル侯爵領を出発したマリアンヌたちは、民を率いて帝国国境付近まで来ていた。
予想された藩国軍からの追手はいまだにない。
だが。
「ひどい……」
あまりの惨状にマリアンヌはそう呟いた。
亡命用の逃走ルートにて、マリアンヌたちは全滅した護衛部隊を見つけていた。
ラファエルとエルナとの戦いによって、隠されていた拠点が目立っていたからだ。
「護衛部隊が全滅したとなると、今回の一件は敵にばれています! このまま進めば敵の思うつぼかと」
兵士がそう指摘するが、すでに民と共に引き返せないところまで来てしまっている。
マリアンヌは少し考えたあと、ミアのほうを向いた。
「ミアさん、あなたはどう思いますか?」
訊ねられたミアの答えは決まっていた。
敵の追手は遅かれ早かれ来る。
民を守りながらでは追いつかれるだろう。
ならば。
「助けを呼ぶしかありませんですわ」
「帝国軍にですか?」
「国境の帝国軍が自分の持ち場を離れるとは思えません。アルノルト皇子を頼りましょうですわ」
「し、しかし、殿下がおられるツヴァイク侯爵領までは、早馬を駆け続けさせても一日はかかります!」
「それまでは時間を稼ぐですわ」
たどり着いたとして、アルがすぐに動くかどうかはわからない。
それでも現状、それが一番の手だった。
相手が最も警戒しているのは国境にいる帝国軍との合流。
それをさせまいとしているなら、敵の動きはそれなりに予想できる。
ただし。
「伝令に対する攻撃も予想されるですわ。何人か放つ必要があるでしょう」
危険な任務だ。
敵だって馬鹿ではない。
結局、目的地は帝国。
ならばあらかじめ、帝国側に人を送っているだろう。
今の北部国境は完璧ではない。数人なら問題なく入れてしまう。
それが伝令に牙をむくのは間違いない。だから一人を送るわけにはいかない。
「伝令に使えそうな馬は三頭です。それ以外では耐えきれないかと」
「では二名選出してほしいですわ。私から一人、推薦したい者が」
「推薦ですか?」
「賢い子です。しっかりと役割を果たしてくれるはずですわ」
そう言うとミアは大勢の民のほうを見る。
そして。
「テッド。こっちへ」
ミアはテッドの名を呼んだ。
出てきた少年を見てマリアンヌを目を見開く。
自分と大して年の変わらなそうな少年が伝令役など認められなかった。
「ミアさん! いくらなんでも!」
「すべて軍人では敵の目を引きすぎます。誰も子供が伝令とは思いませんですわ」
「一理あります。子供なら体重も軽いので馬への負担も少ないかと」
「ですが……」
「問題なのは能力です」
「私が保証しますですわ」
兵士の賛同を受けて、マリアンヌは押し黙る。
もはや子供だ大人だと言ってる場合ではなかったからだ。
「ミア姉……何の話?」
「テッド……アルノルト皇子のところまで伝令として馬で向かうのですわ。馬にも乗れて、地図も読める子供なんてあなたくらいですわ」
「ちょっと……いきなり何? 伝令って……俺だけ逃げろっていうのか!?」
「逃げるのではなくて、助けを呼びにいくのですわ」
「帝国の皇子が助けてくれる保証があるのかよ!? 俺なんかが行っても会っちゃくれない!」
「アルノルト皇子は必死な人を見捨てないですわ。特に子供ならなおさら」
「子供扱いするなよ! 俺だって戦えるよ! 平気だって!」
「大人扱いしているから任せるのですわ。皇子に会ったらこの袋を渡しなさい。それでわかってくれますわ」
そう言ってミアは有無を言わさず、テッドの手を引いて馬の前まで連れていく。
最低限の食糧を乗せた馬だ。
すでに二人の兵士が準備を終えていた。
「行きなさい。私の代わりに皇子に会うのですわ。ミアが助けを求めていたと言えば、動いてくれるはずですわ」
「動いてくれなかったらどうするんだよ!? 相手は貴族より上の皇族だぞ!? 信用なんかできない!」
「黄金の鷲の一族を舐めてはいけませんですわ」
「アルノルト皇子ってのは帝国の皇族の中じゃ出来損ないなんだろ!? 出涸らし皇子って言われてるのを知ってる!」
「そんな風に馬鹿にされても怒らない人なら、信用できるはずですわ。そうでしょう?」
「軟弱なだけだろ!?」
「そう思うなら会って確かめてみるのですわ」
そう言ってミアはテッドを馬に乗せる。
もはや言っても聞かないと察し、テッドは兵士が手渡した地図を乱暴に受け取った。
「助けが来るまで無茶をしないと約束してくれ」
「相手次第ですわね」
約束してくれないことにテッドは顔をしかめる。
そんな間に二人の兵士が馬を走らせ始めた。
テッドはその後に続く。
そんなテッドにミアは声をかけた。
「テッド、助けてもらったらありがとうというのを忘れちゃ駄目ですわよ!」
「まったく……」
暢気なミアに苛立ちを覚えつつ、テッドはもう自棄だとばかりに前を走る二人の後を追ったのだった。