第四百三十五話 凍毒
第四百三十五話 凍毒
風邪引いたので13日の24時の更新はお休みしますm(__)m
申し訳ありません。
次にヘンリックを見た時。
ヘンリックは真っ青な顔色で近衛騎士たちに運ばれていた。
「何があった!?」
「ご自分で毒を飲んでいたようです……」
「助けられるのか!?」
「……もはや手の施しようもありません……毒は全身に回っています……」
近衛騎士の答えに俺は苛立ちを覚えた。
手の施しようもないなんて、誰でも言える。そこを何とかするための近衛騎士じゃないのか。
心の中で罵倒が溢れ、しかし口には出さない。
それがただの八つ当たりだとわかっているからだ。
そんな俺にセバスが静かに声をかけてきた。
「飲んだ毒はおそらく〝凍毒〟かと」
セバスの言葉に俺は頷くしかなかった。
凍毒は帝毒酒ほどではないが、猛毒と知られる毒だ。
飲めば体は恐ろしいほど冷え込み、徐々に内部から変調をきたしていく。最期は変調と寒さで苦しみの果てに死ぬ。
その毒は対象が死ぬまで体に残り続ける。
早期ならまだしも、回り切ったのでは手の施しようはない。
「失礼いたします。医務室へ運べとのことですので……」
「……」
まだヘンリックは生きてはいる。だが、すでに死を待つ身だ。
そんなヘンリックが運ばれていくのを見ながら、俺は静かに問うた。
「セバス……ヘンリックを助けられるか?」
「私は医者ではありません」
「だが、人を殺すのは得意だろ?」
「なるほど……難しいですがやってみる価値はありますな。しかし、殺した後はどうされるおつもりで?」
「やりようはある。とにかく任せたぞ?」
「傍には近衛騎士がおります。人払いせねば殺すのは不可能です」
「俺が何とかする」
「かしこまりました」
そう言ってセバスはその場からいなくなる。
準備をしにいったのだろう。
そんなセバスを見送ったあと、俺はヘンリックの後を追ったのだった。
■■■
今頃、父上は玉座の間でウィリアムと講和に関する条件を詰めているだろう。
所詮、連合王国は敗戦国。
帝国に有利な条件を飲まざるを得ない。難しい会議にはならないだろう。
ウィリアムとしてもある程度は覚悟の上のはず。
だからチャンスはその間。そこまで長くはない。
「アルノルト殿下……」
「ヘンリックは中か……?」
「はい」
「……二人だけにしてほしい」
「しかし……」
「どれだけ愚かでも……弟だ。最期は褒めて送ってやりたい」
俺がそういうと近衛騎士は仕方ないとばかりに頷いた。
そして中にいた近衛騎士たちが部屋を出る。
全身に毒が回っている以上、手の施しようはない。
近衛騎士たちがしていたのは、いつ死ぬかの監視だ。
治療ではない。だからこそ、こうして二人だけにもしてくれる。
「ヘンリック……」
ベッドの上に寝かされたヘンリックは、もはや死人のようだった。
かろうじて息はあるが、意識はない。
「自分で毒を飲んでおくなんて……お前らしくないな」
きっと多くのものを学んだのだろう。
世間知らずの皇族から、ちゃんと現実的なモノの見え方ができるようになった。
喜ばしいことだ。ベッドの上で死にかけていなければ。
「遅れて申し訳ありません」
「始めろ」
「はっ」
セバスはてきぱきと動き始めた。
複数の薬をヘンリックに飲ませ、針をいくつもヘンリックに刺していく。
やっているのはヘンリックを殺す作業だ。
正確には仮死化作業。
死ななければ凍毒の魔の手からは逃れられない。
今、死の危機を回避するためには死ぬしかない。
「よろしいですかな? 下手をすれば本当に死にますが?」
「嫌なら俺がやる。どうせ放っておけば死ぬ」
「繊細な作業です。私がやりましょう。しかし……もう一度目覚めたとしても体はボロボロですぞ?」
「すべて承知の上だ」
セバスは俺の言葉を聞くと、静かに最後の針を突き刺した。
すると、ヘンリックの体が一瞬跳ねた。
そのままヘンリックの体から力が抜けていく。
「おそらく成功かと」
「それじゃあ出ていけ。俺はこれから演技だ」
「怪しまれないようにお願いしますぞ?」
「誰に言ってる?」
セバスは笑って部屋を去る。
そして部屋には俺とヘンリックだけになった。
静かに俺は目を閉じる。
悲しくてどうにもならない。胸が詰まる。
感情を動かし、どんどん自分を不安定にしていく。
すると俺の目から大粒の涙がこぼれ始めた。
そのまま俺はヘンリックの傍へより、その手を掴んだ。
「――ヘンリックぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」
大声で叫び、俺は嗚咽をこぼす。
慌てた様子で近衛騎士たちが部屋に入ってくる。
そして彼らも状況を察する。
「殿下……」
「治してくれ……頼む……」
「お許しを……」
申し訳なさそうな近衛騎士の声が部屋に響く。
そこで俺はゆらりと立ち上がった。
「殿下……?」
「父上に……伝えてくる……」
「陛下はまだ会議中です」
「知ったことか!?」
近衛騎士たちの制止を振り切り、俺は玉座の間へと走ったのだった。
■■■
玉座の間の扉を開くと、中には父上と宰相、そしてウィリアムがいた。
全員が俺を注視している。
そんな中で俺は一言呟く。
「ヘンリックが死にました……一体、あと何人、家族を失えばいいんですか?」
俺の言葉を受けて、父上は静かに上を向いた。
そんな父上の前に俺は進み出た。
「教えていただけますか? ヘンリックはなぜ死んだんです?」
「……裏切ったからだ」
「ほかにも理由があるはずです。わざわざ毒を飲んで父上の前に来たのは、何か理由があったからのはず」
「……ウィリアム王。続きは宰相と詰めてほしい」
「かしこまりました」
「任せたぞ、フランツ」
「はっ」
父上は二人を下げた。
そして。
「――どこまで知っている?」
「この件については何も。たまたまセバスが正門前にいた近衛騎士に気付いたので、ヘンリックたちの到着に気付けました」
「……ヘンリックはとある要求をワシにしてきた。これは国家機密だ。お前のこれまでの功績を信用して話そう……ゴードンには娘がいる」
「……俺の姪ということですか?」
「ワシの孫であり、ヘンリックにとっても姪だな」
なるほど。
大体読めた。
どうしてヘンリックがわざわざやってきたのか。
「存在しなかったことにしてほしい。そうヘンリックは頼んだんですね?」
「ワシは自分の下へ連れて来させる気だった。他国に皇族の血を預けるのは危険だからだ。どの時代も皇帝はそう判断してきた。だが、ヘンリックは命を賭けてそれを止めにきた。ワシが情に流されると読んでな」
「それで情に流されたんですか?」
「流されたな。笑うか?」
「情に流されただけならば」
「ふん……今の帝国は危険だ。信用できる者は少ない。お前とトラウゴットが藩国に行けばなおさらだ。皇族は明らかに攻撃されている。万が一のときに備えるのも大切だと思い直した。ヘンリックの帝国には居させられないという言葉を聞いて、な」
「血を分けると? 帝国の皇族に何かあった場合に備えて」
「その役目はトラウゴットの役目だった。しかし、保険の保険もまた必要だろう」
これまでの皇帝とは違う考えだ。
血を帝国内で受け継ぐことに皇帝は責任を持っていた。
だが、明確な攻撃を受けている今。今までどおりでは一網打尽にされかねない。
血を分けることはリスクを分散することにもつながる。もちろんその血を利用される危険も大いにあるわけだが。
しかしメリットしかない選択肢はありえない。
「ヘンリックの説得も無駄ではなかったということですか……」
「ワシの考えは古いのかもしれんな。ヘンリックに言われるまで、自分の下で育てることしか考えていなかった。他国に血を渡すなどありえないと」
「平和な時代ならそうでしょうね。しかし、今は平和とは言い難い。それにウィリアムは信用できる王です。ウィリアムが健在な間は問題ないでしょう」
「ウィリアムより先にワシが玉座を下りるほうが早いだろう。ゴードンの娘の問題は……お前に任せよう。次代の皇帝に伝えるもよし、伝えないもよし」
「俺に?」
「そうだ。任せたゆえ……お前は死ぬな」
そう言って父上は疲れたように玉座から立ち上がる。
そんな父上に俺は一つ申し出る。
「ヘンリックの葬儀はできませんよね?」
「無理だな」
「では……弔いは俺に任せていただいても?」
「ああ、任せた」
父上は悲し気に笑いながらその場を後にする。
その笑みにかすかに胸が痛む。
これで父上は三人の息子と一人の娘を失った。
加えて三人の妃も失っている。
もはや悲しむ元気もないんだろう。
だからこそ。
「もう家族を失わせない」
小さく呟きながら俺は玉座の間を後にしたのだった。