第五百五十五話 試薬
第五百五十五話 試薬
4月3日24時の更新は作者睡眠時間確保のため、お休みですm(__)m
俺の言葉を聞き、長老はため息を吐いた。
そして場所は長老の家へと戻ってくる。
「五百年前の大戦を見て、まだ勝てるというか?」
「勝たなきゃいけないなら勝つまでだ。死力を尽くさなければ勝てない相手というのはわかった。だが、それで絶望していても何も始まらない。人類の未来というのは俺には重いが……母の命がかかっている。たとえ魔王だろうと滅してみせる。俺はウェパルを魔界から引きずり出して、奴を討つ。そして今、あちこちに出没している悪魔たちも残らず始末する」
「あれを見て、魔王だろうと滅してみせると言うか……さすがアードラーというべきか。それともその血に混じった勇者の血が成せることか?」
「さぁな。まぁ、血筋は関係ないとはいえないだろう。アードラーだからな」
あちこちから強い血を求めた一族だ。
我の強さは大陸一かもしれない。
「たしかにアードラーらしいな。自分の身より母のほうが大事なところは特に、な。自分より他の者のほうを優先するのは、長所であり短所だ。老人からのアドバイスだが、自分を蔑ろにする者は幸せにはなれん」
「心にとめておこう。一応、な」
「そうしておけ。ところで……その仮面だが、どこで手に入れた?」
長老は興味深そうに仮面を見つめてくる。
爺さんに貰ったといっても伝わらないだろうし。
「知り合いから譲り受けた」
「勘違いでなければ、それは……〝王魔の銀仮面〟。古代魔法時代の王族がつけていたものだ」
「ほう? それはすごいものなのか?」
「すごいが、強くはない。強力すぎる王族の力を抑えるためのものだ。あらゆる認識を阻害するが、それは副産物でしかない。本来の目的は装着者の魔力を強く抑制すること。よく、そんなものをつけて戦えるな?」
「そんな効果は初耳だな。認識阻害の仮面と思っていた」
「知らずにつけていたとは……それは今よりも次元の違うレベルに達していた王家の魔導師たちが、修行用に使っていたものだ。全力を出せば世界に影響を与えかねない魔導師たちの拘束具といっていい。そんなものをつけて全力での戦闘を続ければ、いずれ体が耐えきれなくなるぞ? 魔力を放出しようとしても、常に邪魔されているのだからな」
そんなとんでもないものだったか。
たしかにつけていると煩わしいなと思っていたが、その違和感の正体がつかめたな。
自分の正体を隠せる便利アイテムだと思っていた。あらゆる認識を阻害するなんて、デメリットのない強力な魔導具だと思っていたが……。
思ったよりもデカいデメリットが存在していたな。
「つまり、俺は仮面を外したほうが強いわけだな?」
「そうだが……なぜ気づかん?」
「あまり全力を出すことがないんでな」
「アードラーの集大成であり、勇者と同類というわけか。ならば忠告しておこう。もしも……その仮面を大して邪魔に感じていないなら、外す時は見極めることだ。それを使って戦ってきたならば、古代魔法時代の王族と同じ修行をしていたということだ。外した状態での全力は……当時の魔導師に匹敵するやもしれん」
「まずいのか?」
「古代魔法を使うのに、古代魔法の終焉を知らんのか?」
「知らんな」
「まったく……いいか、古代魔法文明は衰退した。強力すぎる魔法が世界に影響を与えすぎて、迂闊に使うことができなくなったからだ。彼らが衰えたのではなく、世界が彼らの魔法に耐えきれなくなったのだ。そして彼らは魔法を捨てた。そこが人類の到達点なのだ」
人は世界があるから存在している。
この世界が崩壊したら生きてはいけない。
人類は人形であり、世界は人形箱だ。
だが、古代魔法文明の魔導師たちは人形でありながら、人形箱を破壊できる力を得てしまった。
だから力を捨てたのか。
「しかし、詳しいな。長老」
「竜人族の寿命は七百年ほどだ。我が父は当時のことをその目で見ていたのだ。その後の凄惨極まる動乱も、な」
「古代魔法文明が衰退したあと、やはり争いが起きたのか?」
「争いなどという生ぬるいものではない。古代魔法文明時代とはいえ、強力な魔法を使えるのは一部の者だけだった。それらは王族や特権階級として君臨していた。だが、ある日突然、彼らは魔法を手放して隠遁してしまった。その後の混乱は凄惨そのものだったそうだ」
無責任ではある。
だが、力を失えば反逆される。その前に身を隠すのは当然だろう。
世界か命か。二つを天秤にかけて、命を選んだのだ。その命をむざむざ捨てるような真似はしないだろう。
だが、強力な存在が消え去れば争いは激化する。
「人類というのは学ばないのだ。ウェパルを引きずり出し、悪魔の脅威を絶ったとしても、人類同士の争いが続く。よく覚えておくことだ」
「そんなことは俺が一番よく知っている。何百年も身内で争っているんだからな……」
「それもそうだな」
そう言って長老は苦笑する。
そして近くにある棚から三つの瓶を取り出した。
「病毒の権能の効果を軽減する試薬だ。騎士皇帝との約束は、権能を消し去ることだったが……」
「五百年も研究してくれていたんだ。義理は十分に果たしてもらった」
「……お主の母がどれほどの病状かは知らないが、稼げて数年だ。その間に決着をつけられるのか?」
「つけられるのかじゃない。つけるんだ」
そう言って俺は薬を受け取ったのだった。