第五百八十二話 アンセムの奇襲
第五百八十二話 アンセムの奇襲
ユーチューブにて、リーゼ、ヴィルヘルム、エリクのSSを書きました。
見たい方は、タンバ ラノベ作家と検索すれば出てくると思います。
SSのある配信は、【SSあり】とつけているのでそれを見てくださいm(__)m
十万の本隊を率いるアンセムにとって、防衛網の崩壊は当初の戦略の崩壊を意味していた。
各地の都市を使って帝国軍を損耗させる策は、そのうち機能しなくなる。
敵は十五万。徐々に徐々に削り、疲弊させなければ決戦に臨むのは危険な賭けだった。
だから後方にてジッと待っていた。敵が隙を見せるのを。
だが、隙を晒したのは王国軍側だった。
アンセムにとって、焦土作戦は選択肢になかった。やるなら最初からやっている。最初に選択しなかった時点で、焦土作戦などやる意味がない。
王国が一丸となって、帝国軍に挑む。その構図が最適と判断していた。
しかし、アンセムにとって誤算だったのは、徹底して伝えなければ伝わらないこともあるということだった。
アンセムにとって、兵糧がなくなる前に降伏してよい、という命令は、相手に兵糧が渡ることを許容するという意味だった。
少なくとも、そう捉えられるはずと思っていた。
だが、前線では兵糧を燃やしてしまった。
それはアンセムの意図と反するものだ。
どうしてそんなことが起きたのか?
ことは単純だった。人はアンセムほど賢くはないのだ。
基本戦略をしっかり説明し、民と共に戦うことを説いてきた。それでも足りない。
やるべきことに加えて、やってはいけないことまで説明しなければいけない。そのことをアンセムは怠ってしまった。
「同じ失敗をするとは……俺も成長しないな」
馬上でアンセムは呟く。
公国にてマルセルとして暗躍していたとき。
マルセルが玉座につかせたパストーレ公爵は、玉座についたあと、思ったように動かなかった。
他人は自分が思っている以上に愚かで、正しい行動ができない。
自分がわかることも、他人にはわからないことがある。
重々承知の上で、指示を出していたつもりだった。
しかし、自分の当たり前が他人の当たり前ではないということが少しだけ、抜けていた。
軍の総司令としてそこまで気を配るのは無理難題だが、そこを気を付けていれば起こらなかった事態かもしれない。
「現場の勝手な判断です。殿下のせいでは……」
傍に控える副官のリゼットが前と同じようにアンセムを庇う。
だが。
「全軍を預かる総司令は俺だ。現場の勝手な判断も、俺の責任だ。これは戦争なのだから。負けた後にそう言い訳したとしても、誰も許してはくれない。帝国がその言葉に納得し、自分たちの負けだというわけでもない。想定外なことが起こるのが戦場であり、それでも勝ちをもぎ取ることができるのが真の名将だ。防衛網の瓦解は俺の責任。だからこそ、この失態は俺が取り戻す」
すべて自分の責任。そう思うからこそ、アンセムは決して諦めない。
大抵の人間はそこまで思えない。そんな責任の背負い方をしては、心がパンクしてしまうからだ。
しかし、アンセムは人並み外れて優秀だった。ゆえにそんな無茶もまかり通る。
自分さえちゃんとしていれば勝てた。大抵の人間にとって、それは傲慢でしかない。一人の力には限界があるからだ。しかし、アンセムは違う。能力が高いがゆえに、実際にそのとおりだからだ。
前線の兵士の暴走すら、予想しようと思えば予想できたはず。ゆえに予想できなかった自分が悪い。そういう反省の仕方がまかり通るのがアンセムという男だった。
だから行動も早かった。
他人のせいにしたり、悪かったところを探すといった時間がないからだ。
すぐに気持ちを立て直し、アンセムは敵軍の監視の目をぬって、一万の精鋭を自分の左側へと回り込ませた。
気づかれずに一万の精鋭が移動できるのは、地の利のある王国軍ならではであったが、それでも一万が限度。
これ以上は動かせない。
だが、アンセムには十分だった。
公国でマルセルとして暗躍していた時。アンセムには多くの制約があった。とくに大きかったのは旗印たる存在を動かさねばならないという点だった。
しかし、今は違う。
旗印はアンセム自身。
状況を好きに動かすことがアンセムにはできた。
「狙うは敵右翼部隊。奴らの目は目の前の都市に向いている。敵本陣を一撃で破壊するぞ」
そう言ってアンセムは敵の警戒網を掻い潜りながら、進軍を開始したのだった。
■■■
前線に出てきていた敵右翼部隊は都市に集中していた。
本隊の距離も開いており、各個撃破にはもってこいな相手ではあった。
しかし、帝国軍とて馬鹿ではない。
王国軍本隊のことは注意深く監視しており、動けばすぐに知らせが入るように警戒網を敷いていた。
その警戒網を掻い潜って動かせたのは一万のみ。対して相手は三万。
戦力差は三倍。
帝国軍が前線の都市攻略部隊をこれ以上、分散させないのは三万の部隊ならば各個撃破はされないと判断しているから。
ただ、入念な警戒が前線部隊に油断を生ませていた。
三万いるから。帝国軍は優勢だから。敵の本隊には動きがないから。
なにより。
敵軍はどうであれ下がるしかない状況だから。
この状況下で少数で攻め込んでくるなどありえない。
そう思っていた敵右翼部隊の隙を、アンセムは逃さず突いた。
「敵は潰走しました。殿下」
「敵将は?」
「無事、討つことができました。逃げずに迎撃しようとしたのはさすがでしたが……あれだけ不意を突かれてはどうしようもないですね」
「おそらく伝令を走らせる時間稼ぎだろう。レオナルトめ、良い将軍を選ぶ」
こちらは限られた人材と戦力で戦っているのに、向こうは豊富な戦力と選び放題な人材で戦っている。
さすがのアンセムといえど、不公平と不満を漏らしたくなる状況ではあった。
しかし、奇襲は成功した。
三つある部隊のうち、一つは潰走。
将軍は討たれ、部隊は散り散り。
他の部隊に合流する兵士もいるだろうが、多くは敵国で彷徨うことになるだろう。
上々な戦果。しかし、アンセムは満足していなかった。
「即時撤退。行方をくらまし、他の部隊を奇襲できるか窺うぞ」
「かしこまりました」
今のアンセムたちは一万で敵地に乗り込んでいる状況であり、孤立無援の状況だった。
長く留まれば敵に囲まれる。
それでもアンセムは次なる獲物を見ていた。
前線部隊は三万。二つを倒すことができれば、六万の打撃を帝国に与えることになる。
合流する兵士もいるため、そのまま六万減るわけではないが、それでも互角に近い状況に持っていける。
ただし、奇襲が通じるのはせいぜいあと一回。
それも今回よりは通じづらくなる。
これまで奇襲を選択しなかったのは基本戦略上、必要なかったからというのと、本隊がいつでも駆け付けられる距離に位置していたから。
状況が揃ったからこその奇襲。
ただ、これには弱点があった。
「ごっほ、ごっほ……」
せき込みながらアンセムは薬を飲み込む。
前線にて動き回るのはアンセムの体に多大な負荷をかけるということだ。
それでもアンセムはこの作戦を採用した。
これしか敵の意表をつける策がなかったからだ。