LNCrawler

第六百二十七話 今代の勇者

最強出涸らし皇子の暗躍帝位争い~帝位に興味ないですが、死ぬのは嫌なので弟を皇帝にしようと思います~ — ncode.syosetu.com · All chapters

第六百二十七話 今代の勇者

「慌てず、ゆっくり進んでください!」

王都での決戦が開始された直後から、王都周辺の都市から民を避難させる作戦は動き出していた。

民を誘導するのはアンセムの姉であるフランシーヌ王女。

民を安全地帯まで運ぶのは帝国艦隊と両公国艦隊。

全艦隊指揮を任されたアルバトロ公国のジュリオ公子は、帝国艦隊旗艦のアルフォンスに乗っていた。

「悔しいですな……」

その旗艦の上で船長がつぶやく。

艦隊にも先ほど、悪魔出現の報が届いていた。

これより大陸中の英雄たちが王国に駆け付ける。

それに海軍が出る幕はない。

そのことが船長には悔しかった。

「大陸を守るのは戦う方々だけではありません。こうして民を避難させることも、立派な戦いだと僕は捉えています」

「公子殿下は大人ですな」

「……正直言えば、僕だって戦いたい。常に僕の憧憬は二人の皇子に向いています。あの二人のようになりたい。なれるなら……公国を救ったシルバーのように、強い英雄になって飛んでいきたい。けれど、僕にはその力はない。無力さに涙する人に対して、もう大丈夫だと言えるほど……僕は強くない」

憧れはある。

大陸の者たちは誰もが思うことだろう。

颯爽とピンチに現れる英雄たち。

実際にその姿を見れば、憧れは加速する。

しかし、人には向き不向きがある。

それをジュリオは理解していた。

「けれど……僕には僕のできることがある。大陸中の英雄が王都に集まるならば……彼らが全力で戦える舞台を整えるのが僕の戦いです。逃げてくる民たちにもう大丈夫と言って、安心させることはできないけれど……避難させることはできる。今、自分にできることをやる。それが大事だと思っています」

それはジュリオの本心だった。

悔しさはある。

どうして自分は強くないのか?

そんな無力感もある。

海戦ならばいくらかは力になれたはずなのに。

だが、そんな考えに意味はない。

なにせ、危機は目の前に来ているのだ。

無力感に苛まれる時間はないのだ。

「この年になって……公子のような若者に諭されるとは思いませんでした。お許しを。軍人としてあるまじき発言でした」

「誰もが思っていることです。気にしないでください」

「感謝いたします。では……そろそろ出航しますかな」

民の数は膨大だ。

幾度も往復しなければ運びきれない。

ジュリオは頷き、艦隊に出航を告げる。

だが、先に出航した数隻が慌てて戦闘態勢を取った。

異変を察知して、旗艦アルフォンスも戦闘態勢を取った。

その瞬間。

「なんだ!?」

「何かが船の下を通過しました!」

「なんだ!? 速すぎるぞ!?」

何かが下を通過しただけで、旗艦アルフォンスが大きく揺れた。

その何かはすでに通り過ぎたあとのようで、すぐに揺れは収まったがアルフォンスの警戒態勢は解けない。

「何が通ったのか突き止めろ! 捜索に全力を」

「いえ、船長。今のは無視して民の避難を優先しましょう」

「しかし!?」

「襲う気ならもう襲っているはず。あれの獲物は我々ではないんでしょう。時間はありません。民の避難を最優先としろ、というのが総司令からの命令です」

「……わかりました」

船乗りとして、海の中に未確認の何かがいることは不安で仕方なかった。

しかし、ジュリオはそれを理解しながらも民の避難を優先させた。

未確認の何かが向かった先にあるのは王都だったから。

敵であれ、味方であれ。

対処するのは自分たちではないと判断したのだ。

■■■

「う、うわぁぁぁぁぁ!!??」

空。

聖剣の一撃で王太子の直轄兵の姿をした悪魔は消滅させられた。

残るは二人。

三対一でも、まったく苦にした様子のないエルナを見て、カラビアは命の危険を感じずにはいられなかった。

カラビアは五百年前の大戦に参加した悪魔ではない。

当時、参加した悪魔の大半は殺されている。

初代勇者によって。

話は聞いていた。これまで情報も収集してきた。

だから勇者の力はしっかりとわかっているはずだった。

しかし、実際に戦ってみればその情報はすべて役に立たないものだと理解できた。

「これが当代の勇者か……随分と……今までとは違うな?」

「勇爵家には一つの決まり事があるの。悪魔は滅殺するべし、という決まり事よ」

そう言ってエルナはフッと笑う。

次の瞬間にはもう一人の悪魔が聖剣の一撃を浴びていた。

悪魔を一撃で葬り去る聖剣の威力も規格外だが、それを軽々と扱い、悪魔と比べても素の戦闘能力が上のエルナも規格外だった。

油断などしてなかったが、カラビアは今のエルナの動きを追えなかった。

ただ、カラビアは一つ理解した。

これまでのエルナの戦闘に関する情報が役に立たないのは、エルナが本気ではなかったからだ。

もちろん力は出していた。

全力だっただろう。

しかし、勇者の血筋である勇爵家が本気になるのは……対悪魔のときだけ。

つまり、今がエルナの本気であり、本当の姿。

人間やモンスターを相手にしている時とは比べ物にならない。

どちらかといえば悪魔に近い。

そう思いつつ、カラビアは一気に降下した。

結界内に逃げ込むつもりだった。

足止めが目的ならもう十分。

「貴様の相手はほかの者に任せるとしよう!」

すでに準備は整った。

わざわざ一人で化け物を相手にする必要はない。

そう判断しての行動だった。

カラビアとしても死ぬのはごめんだった。

カラビアを含め、悪魔は人間の体を依り代にしている。それは憑依ではない。

依り代の死は自らの死なのだ。

そういう召喚方法で大陸に来ている。

悪魔の権能は問題なく使えるし、力が大きく落ちるということもない。

しかし、無敵ではない。

死んだら魔界に帰るというような便利な手段ではないのだ。

だからカラビアは自身の生存を優先させた。

だが。

「な、に……?」

一本の光の矢がカラビアの胴体を貫いた。

悪魔であるカラビアはその程度では死なない。

けれど、動きは止まった。

「残念だったわね」

「おのれ……!」

背後に迫ったエルナに向かって、カラビアは反撃しようとするが、それは叶わない。

エルナの聖剣から発せられた光の奔流がカラビアを飲み込み、そして王都の結界とぶつかり合う。

激しいぶつかり合いの末、結界は大きく力を減少させたが維持していた。

「さすがに悪魔が必死に作った結界だけはあるわね。そこのSS級冒険者!! 力を貸しなさい!」

エルナは声を矢が来た方向に届ける。

それに対して、やれやれとばかりに髪を手で乱す男がいた。

「もう少し頼み方ってもんがあるだろうに……あの年ごろの娘は気難しいな」

そんなことを言いながらSS級冒険者、〝放浪の弓神〟ジャックは弓を構えるのだった。