第六百七十五話 燃える後宮
第六百七十五話 燃える後宮
二話連続投稿
一話目
本日のみ先行公開が二話連続投稿だったため、なろうも二話連続投稿ですm(__)m
「よかったのかしら?」
後宮にてブリュンヒルトは問いかける。
その問いを向けられたのは二人。
「我々は殿下より皇后陛下のお傍に控えているように命じられました」
「その命令は今も撤回されておりません」
完全武装の二人の名は〝マルクス・フォン・ライフアイゼン〟と〝マヌエル・フォン・ライフアイゼン〟だった。
かつて皇太子の両翼と恐れ、敬われたライフアイゼン兄弟。
ヴィルヘルムにとっては又従兄にあたり、そして幼少期から共に育った兄弟同然の存在。
二人はヴィルヘルムが現れた段階で、皇后の傍にいた。
ほかの側近たちはヴィルヘルムの下にはせ参じた。待っていたとばかりに。
南部の勢力はかつての皇太子一派といわんばかりの勢力となっていたが、ライフアイゼン兄弟はヴィルヘルムの下へは向かわなかった。
それは偽者だからと疑ったわけではない。
ただ、ヴィルヘルムが現れた場合、弱点となるのはブリュンヒルトとテレーゼだった。だから、何かあったときのために守っていたのだ。
けれど、状況は変わった。
「ヴィルヘルムは……あなたたちを受け入れるわよ」
「皇后陛下とテレーゼ様が偽者と判断したならば……我々はそれに従います」
「それに……殿下は愛した人たちを包囲するような無骨者ではございません」
そう言って二人は笑う。
後宮は完全包囲されていた。
その大部分を占領され、皇后の部屋に立てこもっている状況だ。
守る衛兵はわずか。
抜け道から逃げることはできる。
しかし、後宮の逃げ道はヴィルヘルムも知っている。
だからブリュンヒルトは逃げなかった。
徹底抗戦の構えを見せたのだ。
「皇后陛下! ヴィルヘルム殿下が話したいそうです!」
「私は話すことはありません」
言いながら、ブリュンヒルトは隣に目を向ける。
そこにいたテレーゼは少し考えたあと、口を開いた。
「私が……話します」
「……無理をしなくていいのよ?」
「大丈夫です」
そう言ってテレーゼは扉の前までやってきた。
その扉の向こうにヴィルヘルムがいる。
「ヴィル……?」
「テレーゼ……何か誤解があるようだ。どうか出てきて、しっかりと話をさせてほしい。私は誰も傷つけたくない」
「……宰相は無事?」
「もちろん保護している」
「では、宰相と話をさせて」
「それはできない。宰相は私を排除しようと兵を差し向けた。彼は変わった。権力に取りつかれ、私を恐れている。君や母上は彼に騙されているんだ」
「……だとしても……あなたは後宮を包囲して、占拠したわ。武力をもって。話し合いをする人の対応とは思えないわ」
「仕方なかった。動かなければ私が排除されていた。包囲したのは君たちが利用されないようにするためだ。危害を加える気はない。信じてくれ」
真摯な言葉。
声も喋り方もヴィルヘルムそのものだ。
けれど、テレーゼは首を横に振る。
涙が溢れてくる。
どうしても、どうしても。
心の声が消えてくれない。
だから、告げた。
「ごめんなさい……愛しのヴィル。私の殿下……あなたは本物のように思えるけれど……私の中のヴィルが違うと言っているの……」
「突然現れたから混乱しているんだろう……すべて私の責任だ。申し訳なく思っている。けれど、信じてほしい。私はヴィルヘルムだ」
「……信じたいわ……どれほど待ち望んだか……あなたのいない日々は空虚だった……それでも……偽者は望まない。私の愛したヴィルは死んだのよ……」
話した理由は明確に拒絶するため。
効果があるかはわからない。
しかし、しっかりと皇太子妃としてテレーゼはヴィルヘルムの存在を否定した。
それが大事だと思ったのだ。
これからの帝国にとって。
「テレーゼ……」
「さようなら、ヴィル……」
テレーゼはそう言うと静かに扉から離れた。
異変を察知して、ヴィルヘルムは扉を破るように騎士たちに命じた。
しかし、皇后の部屋は後宮の中でも特別だ。
魔法によって強固に強化されている扉を破るのは一苦労だ。
だが、長くは保たない。
「逃げてもいいのよ? テレーゼ」
「いいえ……お供します……義母上」
「……ありがとう、テレーゼ。私の愛娘」
そう言ってブリュンヒルトはテレーゼを抱きしめた。
そして。
「時間稼ぎをお願いできるかしら?」
「お任せください」
「育てていただいた御恩、この場でお返ししましょう」
そう言うとライフアイゼン兄弟は僅かな衛兵を率いて扉の前に立った。
その後ろでブリュンヒルトは一つの魔導具を準備しはじめた。
大した魔導具ではない。
形は瓶であり、中に火が入っている。そこまで効果範囲の広いものでもない。
ただ、火が消えにくい。いつまでも火が燃え続ける。
何かを灰に変えようとするとき、これほど便利な魔導具はない。
扉の前で待機していたライフアイゼン兄弟は、ブリュンヒルトを見た。
「殿下や皇后陛下にお仕えできたこと……心より誇りに思っております」
「すぐに我らも参ります」
「……トラウゴットは怒るわね…」
そう言ってブリュンヒルトはクスリと笑いながら、机の上にある手紙を見た。
それはトラウゴットからの手紙だった。
ヴィルヘルムは偽者であり、気持ちを強く持って欲しい。許可があれば自分も帝都に向かうと書かれていた。
その手紙があればこそ、ブリュンヒルトは覚悟を決められた。
ここにトラウゴットを呼び出すわけにはいかない。
そして多くの臣下のために。
利用されるわけにもいかない。
「私は……帝国の皇后ブリュンヒルト……敵に利用される愚は犯さない!!」
言葉と同時に、ライフアイゼン兄弟は僅かな手勢と共に扉を開けて打って出た。
扉は再度閉められ、部屋にはテレーゼとブリュンヒルトのみ。
ゆっくりと瓶型の魔導具を床に落とした。
すぐに火は部屋中に燃え広がっていく。
「敵は悪魔……この身を残していけば……陛下や臣下に迷惑がかかるわ……」
「義母上……」
「悔いはないわ……陛下は私を愛してはくれなかった……けれど……私は陛下を愛した。そして私は帝国皇后……形だけでもこの地位にいる以上……帝国に身を捧げる義務があるわ……」
それは少し嘘が混じっていた。
すべてが皇后だから、というものではない。
少し混じっているのは私情。
二人は政略結婚であった。向けられた愛は義務であった。
歴代の多くの皇帝の中では、良い夫であったはずだ。愛する努力をしてくれた。表面上は平等に愛した。
ただ、真の愛は向けてもらえなかった。
それでもいいのだ。人間なのだから仕方ない。
ただ、ただ。
どうか愛したあの人に。
立派な皇后だったと思ってほしい。
思い出すとき、息子のことでもめた自分の姿であってほしくはない。
伝え聞いた立派な皇后として。
記憶に残っていたかった。
「どうか……ご無事で……ヨハネス」
後宮の一室に放たれた火は消えることはなく、どんどん後宮全体に広がっていった。
ヴィルヘルムたちは、ライフアイゼン兄弟の命をかけた特攻により火の手を止める機会を失ってしまった。
「どうした……」
「まだまだ……戦えるぞ……」
衛兵たちはすべて討ちとられた。
しかし、ライフアイゼン兄弟たちは無数の傷を受けながらも、扉の前に立ちふさがり続けた。
すでに火は回り始めている。
部屋の中にいる皇后もテレーゼも助からない。
それを見て、ヴィルヘルムは兵を退かせた。
これ以上、この場に時間を使うことはできない。なんとか被害を後宮だけに収めなければいけないからだ。
「はっはっはっ……帰っていきましたよ……兄上」
「あの程度でヴィルヘルム殿下を騙るなど……笑わせる……殿下ならば愛した人のためならば火にも飛び込む……」
「まったくです……覚えておられますか……? トラウゴット殿下が高所から落ちて怪我をされたとき……自分も飛び降りて駆け寄ろうとして……」
「止めるのが大変だったな……」
「なにもかも懐かしいですね……」
「あれを覚えているか……?」
兄、マルクスの言葉にマヌエルは反応しない。
それを見て、マルクスはフッと微笑むと自らも目を閉じた。
火はそんな二人をそっと包み込むように燃え広がっていくのだった。
後宮は巨大な火に包まれた。
その大事件の中で皇后の名の下に勅書が発行されていた。
その内容は。
『皇后ブリュンヒルト・レークス・アードラーの名において、皇帝ヨハネス・レークス・アードラーの遺言書に従い、第八皇子レオナルト・レークス・アードラーを皇太子に任じる。帝国の忠臣は、第一皇子ヴィルヘルムを騙る反乱者を討伐せよ』
というものだった。
この勅書により、帝国も明確に内乱状態に陥ったのだった。