第七百十六話 エリク・下
第七百十六話 エリク・下
三話更新・二回目
聖女の死体騒動。
もちろんエリクは偽物だと知っていた。
そして各国の侵攻も。
だから、話を早く始めるためにきっかけを作った。
「アルノルト。お前は理由があっても滅多に動かん。そんなお前が騒動になることを承知でレオナルトを外に出した。そこには何か理由があるのではないかと私は思っている」
「なるほど。そうかもしれませんね」
「ならば聞かせろ。一体、どんな理由でレオナルトを外に出した?」
「真面目に聞いていただけると?」
「もちろん聞こう。何か理由があったのだろう? 話してみよ」
「では俺の推測を話させていただきます。先に結論だけ言っておきますが、おそらく聖女レティシアは生きています」
頭の回転が速くて助かる。
現場にあった些細な違和感。
そこに気づいてくれるのはありがたい。
わざわざ気づかせる手間が省ける。
あとは少しアルノルトに味方すれば、話は進んでいくだろう。
各国はこの問題で帝国がもたつくと考えている。
けれど、この問題が帝国の足を引っ張ることはない。
速やかに解決へと向かう。
これはそういう筋書きなのだ。
■■■
帝都の反乱時、エリクにできることはあまりなかった。
大きな動きは情勢を変えかねない。
だから細かい調整がエリクの役割だった。
「遠話室を貸していただけないでしょうか? ギルド本部の方々と話がしたいのです」
「その必要はない。今、私が交渉中だ」
「……エリク殿下……」
「同じところに目を付けたようだな。フィーネ」
「そのようですね……」
「しかし、良いところで来た。ギルド本部の頭の固い連中は私がなんとかする。お前は現場の冒険者を説得しろ」
フィーネの到着はエリクが待ち望んだものだった。
冒険者たちを動かせる者は少ない。
そしてできるならば、レオナルトとアルノルトに利する者であってほしい。
だから、フィーネは完璧な人材だった。
「どういう意味でしょうか?」
「私は交渉事は得意だ。ギルド本部の上層部とも繋がりがあるし、奴らの隠しておきたいいくつかの秘密も握っている。今は向こうで協議中だが、そのうち現場の判断に任せるという言質が取れるだろう。しかし、それだけでは現場の冒険者は動かん」
「……反乱が成功した場合、ゴードン殿下が皇帝になるからですね?」
「そうだ。次期皇帝に反抗すれば罪に問われるし、帝国にはいられない。支部の周りにきた兵士を追い払う程度ならやってくれるだろうが、それ以上踏み込む理由が彼らにはない」
情けない話だ。
ずっと冒険者たちは帝国を守ってくれていた。
その彼らに覚悟を決めさせる必要があるとは。
けれど、やってもらう必要がある。
冒険者が参戦しなくても結果は変わらないかもしれない。
だが、参戦すれば救われる命がある。
「私は交渉事は得意だが、説得となると勝手は違う。その手のことはお前のほうが適任だ」
「……やれるだけのことはやってみます」
「任せた。父上の命が掛かっている。どうか頼む」
本気で頭を下げた。
同時に感謝もあった。
よく二人を支えてくれている。
フィーネが二人の傍にいれてくれてよかった。
それだけで少し安心できた。
■■■
「ホルツヴァート公爵にはしっかりと伝えたか?」
「はい。レオナルト殿下にこれ以上、戦功を立てさせるな、と」
「よろしい」
これで敵の憎悪は裏切り者のホルツヴァート公爵へと向かう。
予想外な攻撃を真っ先に受けるのはホルツヴァート公爵だろう。
さらに、コンラートを使って第四妃を排除した件に加えて、エリクに対する皇帝ヨハネスの心証も悪くなる。功績をあげようと、手段が悪いからだ。
ザンドラもゴードンも倒れたならば、エリクとレオナルトの一騎打ちだ。
いまだ最大勢力のエリクに対して、レオナルトたちが挑む形になる。
その差はいまだ大きい。
より大きな戦功が必要だ。
だから、皇帝はレオナルトよりであってもらわねばいけない。
より強く、より大きく。
自分たちを超えてもらわなければいけない。
それがよりよい未来につながるのだから。
■■■
一年の空白期間。
藩国にいったアルノルトが戻ってくる。
「帝都へ戻る。アルノルトが戻れば、レオナルトは動き出す。先手はこちらが打つ」
これでようやくエリクも動き出せる。
「アルノルト一行の足を遅らせろ。その間にできる準備をする。わかっているな? 強硬手段には出るな。あくまで足を遅らせるだけでいい」
「御意」
「王国との再戦の機運は高まっている。レオナルトを王国との決戦に向かわせるわけにはいかん。母上にもそう伝えておけ」
「仰せのままに」
シャオメイに告げたあと、エリクはため息を吐く。
直前までレーアと話していたせいか、どこか心が揺さぶられる。
けれど、覚悟は決まっている。
「諦めろ、レオナルト、アルノルト……私は退かん」
その言葉はたしかに二人へ告げた。
手を結ぶことはない。
優しい弟たちは、家族が手を結ぶことをどこかで望んでいる。
こんなことに意味はないと。
けれど。
意味はある。
だからこそ、諦めてもらわなければいけない。
家族でいることを。
■■■
「これは?」
「不治の病に効く希少な薬だそうです。レーア義姉上にと思って持ってきました」
「いらん。私とレーアには必要ない」
「試すだけ試せばいいのでは? 治るかもしれない!」
「そういう時期は過ぎた。余計なことはするな」
「余計……? あなたにとって妻であるかもしれないが、俺にとっては義理の姉だ! 治ってほしいと思うのが余計ですか?」
「ふん……家族のこととなるとお前は甘いな。まだ私を兄だと思っているのか? 諦めろ、アルノルト。私は決して退かない。ヴィルヘルムが座るはずだった玉座は私が手に入れる。誰にも譲る気はない。この帝国に……お前が理想とする家族の姿はどこにもない」
「……」
アルノルトが差し出した薬は突き返した。
言葉の通りだったから。
レーアの病状は進み続けている。
もはや薬ではどうにもならない。
助からないのだ。
病毒はレーアの体を蝕み続ける。
今すぐにウェパルを討つ以外に手はない。
そして、まだその時期ではない。
「私は……お前とレオナルトを認めている。だからこそ、甘さは捨ててかかってこい。勝ち抜いた者を倒してこそ、私はヴィルヘルムを超えられる」
まだアルノルトは優しさを捨ててない。
だから発破をかけた。
家族への情をエリクに対して持てば、それが隙になってしまうから。
「……残念です。それと訂正が」
「なんだ?」
「俺が求めているのは普通の家族だ。互いが互いを思う、ごくごく普通の家族。それが俺の求めるモノだ」
「アードラーに求めるモノではないな。これまで血で血を洗ってきた。それはこれからも変わらない」
「……俺やあなたはきっと変えられない。けど、レオは違う。レオはこれからのアードラーを変える。レオは俺やあなたとは違う」
「夢を託しているのか? やめておけ。誰かに夢を託せば……その者と共に夢は砕け散る」
「自分の経験談ですか?」
「そうだ」
「ならご安心を。レオは……俺が守る」
「ふん、言葉だけなら誰にだって言える。かつてもそうだった。誰もがそう言った。しかし、誰も夢を守れなかった」
「好きなように言えばいい。俺は……あなたとは違う」
背を向けるアルノルトの姿は、想像以上に大きかった。
きっと、レオナルトに対する暗殺も警戒できているのだろう。心配はもういらないのかもしれない。
二人はしっかりと成長した。日記に書かれていたとおりに。
困難をものともせず、二人は強くなった。
育てた、とは思わない。放っておいても危機を切り抜け、強くなったはずだ。
こちらに思惑があるように、あちらにも思惑があった。
こちらが暗躍したように、むこうも暗躍した。
その結果だ。
二人には確固たる信念がある。しっかりと帝国を背負ってくれるだろう。
心ある者は続々とレオナルトたちのほうへついている。権力にしがみつく者はエリクのほうに流れている。
それでいい。
それでいいのだ。
「邪魔者はすべて私が引き受けよう」
安心して動けばいい。
できることなら負担が少ないことを祈ろう。
暗躍する辛さは自分が良く知っている。
二つの仮面は重いはずだから。