第七百三十四話 皇帝グスタフ
第七百三十四話 皇帝グスタフ
原稿が終わらないので、13、14、15日の更新はお休みさせていただきますm(__)m
帝都。
結界にて封鎖された帝都には多くの民が取り残されていた。
だが、それでも本来の帝都の民の数から考えれば、少なかった。
エリクは民の出入りを許可していた。そのため、ヴィルヘルムに疑念を抱く者はいち早く帝都を離れていた。
けれど、離れることができない者もいる。
行くところがない者、愛着を持つ者、状況を理解できていない者。
そんな者たちはヴィルヘルムに疑念を抱きつつも、帝都にいた。
そして、ヴィルヘルムが本格的に動き出した時。
帝都からはもう出ることができなかった。
混乱が帝都に満ちた。
なにせ、帝都にはヴィルヘルムを信望する民も一定数いた。
彼らはヴィルヘルムの行動に疑問を持たない。
二つの勢力がいれば、争いが起きる。
ヴィルヘルムを信望する者にとって、信望しない者は敵であり、排除すべき存在だった。排除しなければ安心できないから。
そんな帝都がいまだ地獄のようになっていないのは、帝都内に出現した結界のおかげだった。
帝都を東と西に分かつその結界は、二つの勢力をすみ分けた。
西側はヴィルヘルムを信じない者。東側はヴィルヘルムを信じる者。
強力なその結界をヴィルヘルムは放置していた。破壊に時間がかかるためだ。そんなことをしている余裕はヴィルヘルムにはなかった。
エリクのせいで計画が台無しになったからだ。
そのため、帝都の民は無事だった。
しかし、小競り合いは起きる。
「ヴィルヘルム様のために!!」
「ヴィルヘルム様の邪魔をするな!!」
結界はただ帝都を分断しただけ。
ヴィルヘルムを信望しない者の多くが西側に避難していたため、東西に分断しただけだ。
西側にもヴィルヘルムを信望する者はいるし、東側にもヴィルヘルムを信じない者はいる。
そのため、西側では治安維持が必要であり、かつ東側から逃げてくる者を受け入れる必要があった。
それを担ったのは冒険者たちだった。
「邪魔はお前たちだっての!」
ガイはヴィルヘルムの信望者たちを蹴り飛ばすと、そのまま無理やり引きずって、結界の東側に放り投げた。
これでもうこちらには来られない。
一仕事を終えて、ガイは深く息を吐く。
「疲れたようじゃのぉ?」
「おう、爺さんか。まぁ、疲れるな。精神的に。あの人たちも悪い人たちじゃないからな」
結界を張った人物。
グスタフはガイの前に突然現れた。それを驚くこともなく、ガイは受け入れた。
結界を張った時、十分驚いたからだ。
突然現れた小さな老人。
巨大な結界を張り、負傷者を治療した。
驚く者たちにグスタフは、自らをシルバーの師匠と名乗った。
普通の魔導師なら大言壮語だが、それに見合うだけの実力をグスタフは持っていたため、西側にいる人々はそれを受け入れた。
グスタフは結界を管理し、ヴィルヘルムを信じていない者を西側に通し、信じている者を東に追放するという作業を繰り返していた。
おかげでそれなりの平和があった。
「いつまでこんなことが続くんだろうな?」
「そろそろ結界が壊れる頃じゃろう。帝都の結界を破壊しなければ、何も進まんからのぉ」
「破壊ねぇ……壊せんのかよ、あれ」
空を見上げながらガイは呟く。
帝都を覆う天球。
帝都最強の防御だ。
あれを壊すとなると聖剣でも使うしかないだろう。
「信じられんか?」
「まぁな。いろんなことがあったから、ちょっとネガティブなんだ」
「何があった?」
「俺は帝都の最外層出身だから、帝都以外に行くところなんてねぇ。ほかのやつも似たようなもんだ。帝都しか知らないんだ……だから帝都が荒れるのはショックだし……幼馴染が死んだって聞いたし、それを聞いたもう一人の幼馴染がどうなってるのか心配だし、いろいろあるんだよ」
「生きてるとは思わんのか?」
「人は死ぬさ。いずれな。自分の周りの人間だけが特別だなんて思うほど、自惚れてない。生きててほしいとは思うけど……生きていると断言できるほど俺は強くない」
「思慮深いのぉ。しかし、目に期待が見えるぞ? そうは言っても、生きていると思っておるんじゃろ?」
「……希望は捨てちゃいけないだろ?」
「そのとおり」
グスタフは空を見上げる。
そして。
「帝都の守りは鉄壁じゃ。壊すには聖剣を使うか……流星でも落ちてこないといかんじゃろうな」
「星が落ちてくるなんてありえないだろ……」
その言葉のあとに轟音が響き渡る。
何かが空から降ってきたのだ。
それは流星だった。
美しい流星。遠巻きで見たら願いを口にしていただろう。
だが、それは帝都に直撃した。
「本当に落ちてきたよ……」
ガイはそう言いながら空を見上げ続ける。
しかし、すぐに目を逸らすことになった。
眩い光が一面に広がったからだ。
その光のあと。
天球はガラスが壊れるようにして、バラバラになって破片が落ちてくる。
「アードラーの最高傑作。帝都を守りたいという意志の集大成。それも壊れるか……まぁ、人はやがて死ぬのじゃから、物もやがて壊れるか」
「語ってる場合かよ!?」
慌てた様子でガイが叫ぶ。
結界内ではわからなかったが、結界が壊れたことで帝都の外の状況が音として入ってきた。
モンスターの叫び声が帝都を包んでいた。
空にもモンスターがおり、明らかに変だった。
けれど、ガイの目は一点に止まる。
「アル……?」
「生きておったのぉ」
空に浮かぶのは二人の黒髪の皇子。
見間違えるはずがない。
アルとレオだ。
けれど。
「あいつ、なんであんな格好を……しかも空まで飛んで……」
「古代魔法は皇族の禁忌。儂がそうしてしまった。あの子にも苦労をかけたものじゃ」
「……あんた、まさか……」
「曾孫がいつも世話になっておるのぉ。感謝する。これからも弟子を友として受け入れてやってくれ。弟子の正体を知ったとしても」
言っていることの意味を理解するのに時間がかかった。
古代魔法が皇族の中で禁忌となったのは、狂帝グスタフのせいだ。
つまり、目の前の老人がグスタフであり、弟子ということは……。
「アルがシルバー……?」
「意外かのぉ?」
「意外に決まってんだろ……けどまぁ……アルなら納得だ」
あのお人よしのSS級冒険者。
その正体がアルなら納得もいく。
拾える命は拾わないと気が済まない奴だから。
たとえ、自分がどれだけ大変でも。
「友でいてくれるかのぉ?」
「頼まれて友達になったんじゃない。皇子だろうとSS級冒険者だろうと、ダチだからダチなんだ。今更、関係は変わらねぇし、変わらせねぇ」
お忍びで来ていた小さな男の子。
皇子だと知って、数人が周りから離れていった。
そして、大人になるにつれて皆が離れていった。
理解したから。皇子という身分を。
何度も皇子と関わるな、と言われた。
すべて無視した。
どれだけ怒られても、どれだけ注意されても。
寂しい顔をさせるよりはマシだと思ったから。
「とはいえ、あいつがSS級冒険者ねぇ。腕っ節だけは勝ってると思ったんだがな。困るぜ、まったく」
「はっはっはっ!! 腕っ節じゃ男の価値は決まらんよ。誇ってよい。我が愛しき帝国の子よ。お主は良い男だ」
少し誇らしげに語ると、グスタフは両手を合わせる。
結界が壊れたことで空からモンスターが侵入できる。
悪魔もいる以上、帝都にいるということはそれだけ危険ということだ。
ここはいずれ戦場になる。
民は退避させなければいけない。
それはグスタフが開発した魔法。
アルにすら伝授していない。
それはグスタフの後悔から生まれたものだから。
生前、知的好奇心を抑えきれず、飽きることもなく魔導書をかき集め、読み漁った。
それを利用され、本に封じられていた悪魔に体を乗っ取られた。
アードラーとしての責務を忘れた皇帝の末路。
本の中で、悠久とも思える時間を過ごした。
外の情報はわからない。けれど、ろくなことになっていないことはわかった。
悪魔が皇帝の体を乗っ取ったのだ。
罠にはまった。そして被害は民に向かうだろう。
なんたる醜態。
自分を責め続けた。
そんな時、久しぶりに本が開かれた。
黒い髪の少年。
自分の曾孫だった。当時のことを聞き、より後悔が募った。
民を守るはずの皇帝が、帝都で暴れ回った。
どれほどの恐怖だっただろうか。先祖が守り抜いてきた帝国を守る一族という信頼を、自分が踏みにじってしまった。
それでも。
自分の弟子が銀の仮面をつけて、活躍することでその後悔が少しだけ和らいだ。
自分の魔法は無駄ではなかった。
自分ができなかったことを、曾孫がやってくれている。
魔法で人を救っている。英雄として称えられている。
自分のことのように嬉しかった。
ありがたかった。
だから。
二度とあんなことは起こさないと誓った。
同時に、あんなことがもう一度起きた時。
必要となる魔法を作った。
「国とは民だ……民を守れぬ為政者にどれほどの価値がある? だからこそ、アードラーは力をつけた。これもその一つ。我が名はグスタフ・レークス・アードラー!! 帝国皇帝として、我が民に被害は出させん!!」
グスタフは両手を広げたあと、体の前で交差させた。
そのまま体中の魔力をかき集めた。
思念体であるグスタフの魔力は、本にこめたアルの魔力だ。
それをすべて使って、グスタフは一つの魔法を唱えた。
「広範囲分散転移魔法――エヴァキュエイション」
唱えた瞬間。
西側にいた人々が次々と転移していく。
距離は稼げない。
帝都の外に出すだけ。
それでも。
あの日、自分が悪魔に体を奪われた日。
この魔法があれば多くの民が救われたはずだ。
「爺さん、これって……」
「我が最期の魔法。任意の場所に多数を転移させる魔法じゃ。外に目印が必要なのが玉に瑕じゃが……幸い、彼女がいた」
「彼女?」
「行けばわかる」
グスタフは笑うと、ガイも転移させる。
そしてほとんどの民の転移が終わった。
体がどんどん透明になっていく。
もはや体を維持する魔力もなくなりはじめたのだ。
そんな中。
「逝かれますか……グスタフ陛下……」
「エリクの暗殺者か……ボロボロじゃな」
体中血だらけで現れたのはエリクの暗殺者、シャオメイだった。
ずっと戦い続けていたのだろう。
もはや助からないだろうほどの傷を受けている。
「私は……このまま城へ向かいます……殿下の代わりに……奴を討ちます……転移させていただけますか……?」
「面白い頼みじゃな。だが、討てるか? 無駄死にじゃぞ」
「それでも……」
「……忠義は最期まで貫くものじゃ。お主が死ねば、エリクの業績は何も残らん。家族にすら届かん。知る権利が家族にはあると思わんか?」
「……」
「自分の気分を晴らしにいくか、主の業績を伝えにいくか。決めよ。お主の命じゃ。使い道はお主が選べ」
「……私の言葉を信じていただけるでしょうか……? 何も残っていません……私の言葉では……エリク殿下の汚名は晴らせません」
「汚名を晴らす必要はない。ありのままに伝えればよい。皇帝はきっとお主の忠義を認めてくれるじゃろうて」
「……」
シャオメイはグスタフの言葉を受けて、握っていた短刀を離した。
その意味を察したグスタフは最期の力で、シャオメイを転移させた。
どうなるかはわからない。
ただ、日が当たらぬところで奮戦した者たちに。
少しでも日が当たればいい。
ここに来るまで多くの者が命を落とした。
すべて無駄ではない。
自分の命も、また。
「最期に皇帝らしいことができたかのぉ……」
そっとグスタフは目を閉じる。
すると、体が消え去る。
そして思念だけが風と共に走る。
『あとは頼んだぞ、アルノルト』
アルの肩にそっと手を置き、グスタフの思念が消えていく。
それを感じたアルは静かに肩に自分の手を置くのだった。