第七百三十九話 母の企み
第七百三十九話 母の企み
30日24時の更新は、データが一部飛んだのでお休みさせていただきますm(__)m
「はぁはぁはぁ……きついですね……」
帝都東。
リーゼロッテのあとを受けて、指揮を引き継いだユルゲン・フォン・ラインフェルトは前線で指揮を執っていた。
後方ではアンナ・フォン・アムスベルグが全体の指揮を執っている。
ユルゲンも下がろうと思えば下がれたが、あえて前線での指揮に拘った。
とくに戦術的にも、戦略的にも価値はない。
戦局を変えられるほど強くはないし、士気が上がるといっても皇族ほどでもない。
それでも前線に拘った。
意味はなくとも、そうしたいと自分が願ったから。
無理はしてない。強者ではないことを自分が一番理解している。
ただ、これは決戦。
リーゼロッテはすべてをかけて挑んでいる。
だから、せめて武器くらいは振るっていたかった。
「部隊を再編……再度突撃をかける!」
わずかな給水休憩を終えて、ユルゲンは指示を飛ばす。
相手はモンスター。
厳しい訓練を繰り返してきたラインフェルト公爵家の騎士たちにも疲れが見える。
それでも。
「はっ! 予備隊を編入しろ!」
「動けない者は無理をするな!」
「武器が壊れた! 替えを頼む!」
ラインフェルト公爵家の騎士たちは高い士気を保っていた。
東部諸侯連合軍の士気をあげることはできなくとも、ユルゲンが前線で戦うことで直属の騎士たちの士気は大いに上がっていたのだ。
そんな騎士たちを頼もしそうに見つめながら、ユルゲンは再度の突撃へ向かおうとする。
だが、それは遮られた。
「ほ、報告!!」
「何事だ!?」
「こ、公爵閣下!」
慌てた様子の伝令。
何かが起きたのだ。
「落ち着くんだ!」
「は、はい……報告します……帝都上空にてアルノルト殿下の生存を確認しました……そして……シルバーの正体がアルノルト殿下でございました」
「……」
ユルゲンはしばらく黙り込む。
情報が多すぎて理解が追い付かない。
帝都上空に目をやるが、ユルゲンの目では確認できない。
モンスターを索敵するために、普段から目を鍛えている冒険者でもなければ、視力を強化できる魔導師でもない。遠くを見る魔導具も今は手元にない。
だから、ユルゲン自身の目で確かめることはできない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
「……リーゼロッテ様はさぞやお喜びになっただろうな」
アルノルトが生きていて嬉しい。
シルバーの正体がアルノルト。
そういう驚きの前に、ユルゲンはリーゼロッテが喜ぶだろうな、という感想が出てきた。
考え方の中心がリーゼロッテなのだ。
「見間違いかと思いましたが……皇帝陛下からアルノルト皇子がシルバーであるため、混乱するな、という伝令が各所に走っております」
「なるほど……やけにアルノルト殿下とレオナルト殿下に肩入れしていると思っていたが、正体がアルノルト殿下なら納得がいく。各所に触れ回り、士気をあげるんだ」
「こ、公爵閣下は驚かれないのですか!?」
驚きはしていた。
死んだはずの皇子が生きていて、しかもシルバーの正体だった。
驚かないわけがない。
それでも。
「僕らが主と仰ぐ黄金の鷲の一族。殿下はその一員だ。驚く前に誇るべきだろう。誰にも知られず、殿下は民のために動かれていた。帝国を守っていたのだ。それでこそアードラーだ。命をかけて仕える価値がある!! さぁ!! 準備はいいか! 騎士たちよ!! アルノルト殿下はご存命である!! 声をあげて触れ回れ!! シルバーはアルノルト殿下であると!! 尊き我らが鷲はその在り方を損なわない!! モンスターごときに遅れをとるな!! 続け!! 東部にラインフェルトありと見せつけるぞ!!」
伝令は各地散っているが、情報はまだ一部しか知らないはず。
広める必要がある。
誰もが知らなければいけない。
きっと、リーゼロッテはそれを望むだろうから。
誇らしげに自分の弟を自慢したいはず。
そのためにも。
「突撃ぃぃぃぃ!!!!」
ユルゲンは前線へと再び走った。
その後ろにはラインフェルト公爵家の騎士たちが続き、彼らはアルノルトの名を叫び続ける。
それによってシルバーの正体は徐々に広まり始めたのだった。
■■■
東部諸侯連合軍の本陣。
そこでアンナは全体の指揮を執っていた。
リーゼロッテからユルゲンの補佐を頼まれ、そしてユルゲンからは全体の指揮を頼まれたからだ。
そんなアンナの下にも伝令は訪れていた。
「……知っていたの?」
静かな問いかけは後ろにいるミツバへの問いかけだった。
その問いかけにミツバは軽く笑いながら告げる。
「薄々は。何か隠し事をしているのはわかっていたわ。あの子はよく城を抜け出すけれど、護衛らしい護衛をつけないのは珍しかったわ。けれど、数年前から護衛をつけずに出かけることが増えたの。セバスは城にいるし、そのほかの動かせそうな部下も城にいる。そんな状況で不在なことが度々あれば、疑いもするわ。あの子には自分の身を守る力があるんじゃないかって」
「はぁ……母は騙せないってことね。私はまったく気付かなかったわ」
「よく誤魔化していたと思うわよ。セバスとフィーネさんは知っていたんでしょうね。アルが死亡したという情報が回ったとき、フィーネさんは演技をしていたもの。アルがシルバーとして活動している際、フィーネさんとセバスが不在を誤魔化す役目を担っていたなら、納得できるわ。二人にバレずに活動するのはほぼ不可能だもの」
ミツバの説明にアンナは肩を竦める。
驚き、力が抜けてしまった自分とは対照的にミツバはいつもと変わらない。
昔から図太い女だと思っていたが、想像以上に図太かった。
さすがは皇帝に結婚条件を突きつける女。
ほかとは一線を画している。
「エルナは知らなかったでしょうね……」
「腹芸ができないから教えてないでしょうね。あの子の悪いところ」
「事実、そのとおりよ。私でも教えないわ」
皇族にとって古代魔法はタブーだ。
わかっているから仮面をつけた。
それなのにエルナに教えるわけにはいかない。
口は堅いだろうが、少々、迂闊だ。
やり手の者ならすぐに情報を引き出せるだろう。
「いつか教えよう、そのうち教えよう……そうやって先延ばしにした結果、教えることができなくなって、辛くなるのは自分なのよ。あの子はレオとは違って……人に頼るのが苦手だから。とくに自分が守りたい対象には、頼らない。そして自分にできることは自分でしてしまう。フィーネさんが来てからだいぶマシになったけれど」
「こんなときにあれだけど……アルの結婚相手はフィーネさんと決めているのかしら? 勇爵家としてはぜひとも婿に迎えたいのだけど。シルバーなら、なおさら」
「本人にお聞きなさいな。家庭を持つ度胸があの子にあれば、だけど」
「そういう度胸は持ち合わせていなさそうよね」
「そもそも、あの子にとって皇帝は見るもの。自分は外から見ている存在。レオを皇帝にしたら、どこかに消えても驚かないわ」
「そんなこと困るわ。うちのエルナを引き取ってもらわないと」
「強力すぎる皇帝の兄に居場所はないわ。公爵になるにしても強すぎるもの。実力も、名声も。この戦が勝利で終われば、アルの扱いはかつての勇者と同じよ」
その言葉を聞き、アンナは少し悪い笑みを浮かべた。
その笑みを見て、ミツバも微笑む。
「面白い考えがあるわ」
「話は戦が終わってからにしましょう」
「それもそうね。すべてはこの戦いが終わってからね」