LNCrawler

10話 報告 2026年10月22日 公開

最強使用人ディルは、手を抜きたい — kakuyomu.jp · All chapters

10話 報告 2026年10月22日 公開

迷宮の異変は、実はおおごとだ。

迷宮はいまや首都インフラの重要な部分を占めている。やばい異変だったら俺の副業が潰れてしまうし、迷宮を運営しているラビリニ家にとって重要案件だ。

坊ちゃんの恋路どころじゃない。

報酬を受け取り(例の鉱石は研究所に買い取ってもらうことになった)、研究所から出る。

帰り道にロアン坊ちゃんに異変について話そうとしたが、虚空をぼんやりと見つめていて完全にのぼせ上がっていた。ダメだこれは。

まあ、ちょっとしたエラーだろう。ちょっとミスって違う階層で鉱石を出しただけかもしれないし。そもそも鉱石をドロップしたのだって、イレギュラーな魔物だった。迷宮だって間違えることはある。多分。

坊ちゃんは本邸に帰宅してもまだぼんやりしていたので、手早く着替えさせ、洗濯物をまとめて係に渡し、彼の部屋を軽く掃除する。

その間も坊ちゃんはずっとぼんやりしていた。

いつもの優秀さはどこにいったんだ。

ラビリニ家の危機かもしれないのにな。

これはもう、イーゴ様とネオスに頑張ってもらうしかない。

「……ディル〜! もう終わりだよタルゴがいなきゃダメなんだ……!」

廊下で酔ったネオスに泣きつかれた。

終わるのはラビリニ家だよ。

まだ失恋を引きずって飲んだくれているらしい。迎え酒か、元気だな。

俺は仕事中なのでネオスを部屋に連れ戻し、座らせて酒瓶を握らせてから職務に戻った。二日も続けて愚痴に付き合いたくない。

ネオスもダメか。

あとは頼みました、イーゴ様。

***

「困ったね……もう一度、話してくれるかな?」

本当に困った顔をして、ラビリニ家当主のア・ジグル・ラビリニ伯爵は額に手を当てた。

俺は夕食前に旦那様の書斎で一日の報告をしているところだ。

執務机に向かう旦那様は、疲れているようだった。どこかに出向したとか何とか聞いていたので、お役所関連で疲れる話があったのだろう。それが貴族のお仕事なので、頑張ってもらいたいものだ。

普通、使用人にはその日の出来事を詳細に報告する義務はない。日報はつけることが多いが、働いている家の当主にわざわざ報告はしないのだ。するとしても、派遣元の使用人協会に対してである。

しかし俺はロアン坊ちゃんのお目付役であり、坊ちゃんが家族の過干渉を受けず快適に過ごすことが仕事だ。

坊ちゃんの様子について旦那様にも知っておいてもらう必要がある。家族の暴走を最終的に止められるのは旦那様だけだからだ。

そういうわけで、定期的に報告を入れている。

「ロアン様は本日、交際なさっていた方から別れを告げらました。結果、円満に交際解消となりました」

「……なるほど。相手は一般市民だったかな? ならばそのほうが良かったのだろうね。向こうから切り出したとなれば、角も立たないだろう」

旦那様はホッとしたようだった。

面目が丸潰れとかいって逆上するタイプじゃなくて本当によかった。

「……そして本日、迷宮研究所の研究員に一目惚れなさったご様子でした」

「な、なんだって!?」

旦那様はガタンと音を立てて立ち上がった。逆上はしないがいちいちリアクションが大袈裟だ。

気持ちはわかるが、落ち着いてもらいたい。

旦那様が暴走してどうするんですか。

「なんということだ……。これでしばらく平和だと思ったのに。相手は?」

「お名前は存じ上げませんが、貴族家の方でしょう。年頃はロアン様よりわずかに上かと」

「……ああ、誰のことかわかったよ。あの家ならば問題ない。……いや、問題はあるが、もし関係が発展して婚約という話が出ても派閥としては問題ないね」

うんうんとうなずき、着席する。

感情が忙しい人だ。

後ろで執事が控えているが、こちらは石像のように微動だにしない。

「あんなにかわいかったロアン……。どうして、こんなに気が多くなったんだか……」

ため息をついているが、四人の夫人がいる旦那様が言えたことではない。

女好きという雰囲気はなく、気の弱そうな中年の文官といった風貌をしているのに一体どうしてこうなったんだろう。ラビリニ家七不思議のひとつである。

「ロアンの迷宮探索も順調のようだね。いずれネオスと同じく迷宮巡回役になるのかもしれない……あれ? そういえば迷宮研究所へ行ったと?」

やっと気づいたか。

「実は……」

あの鉱石がドロップし、鑑定所で研究所に持ち込むよう勧められたことを話した。

いずれ研究所から旦那様へ連絡がいくんだろうが、こういうのは早いほうがいい。そのための迷宮巡回役だ。……当人は恋煩いで呆けてしまっているが。

経緯を話すと、旦那様の表情はみるみるうちに深刻になっていく。そう、これが正しい反応だ。さすがは当主。恋どころではない。

「異変か……。一件のみで異変と断定はできないね。それに前例がないといっても、探索者全てが迷宮の産物に気を配っているわけじゃない。こちらが把握できていないだけということもある。……しかし、適正階層から十階分も離れているとなると……」

何やら思案し始めた。

報告は終わったのでそろそろ下がってもいいだろうか。腹が減った。

「こうなると、調査が必要だ。ムールを呼び戻し相談するとしよう。ネオスはどうしているかな?」

「ネオス様は失恋なさって、酔い潰……傷心を癒しておいでです」

「まったく相変わらず……。二日酔いの薬を用意させて、明日にでも調査に向かわせるとしよう。あとは巡回兵からの報告を洗い直して……」

当主って大変だな。

果たして、イーゴ様に跡継ぎが務まるんだろうか。

「ああー! 何故ムールじゃなくて私が当主なんだ! ムール助けてくれ……!」

……当主って大変だな。

若干壊れながら弟君の名前を呼ぶ旦那様が、少しだけ可哀想だった。

貴族のこういった姿を見ているので、使用人が一斉蜂起だの革命だのを起こすことはないだろう。重責を押し付けられる立場など面倒極まりない。

俺は他人事の顔をして今日のまかないについて思いを馳せた。