11話 休憩室・2 2026年10月23日 公開
11話 休憩室・2 2026年10月23日 公開
翌日。
いつものように朝早くからミーティング、予定を共有し、それぞれの活動へ。
……ロアン坊ちゃんが一目惚れしたという情報で一時騒然となるも、片思い状態であることや相手が貴族だということでどうにか静まる。いつもの朝。
解散後、俺はいつものように部屋に残って一服。
昨日はかなりいろいろあり精神的疲労もあったが、一晩寝たら全部忘れた。まるで夢だったかのようだ。
何があっても、朝が来たら現実を始めるしかない。
こんなファンタジーな世界が夢じゃないなんてな。もう慣れたが。
「お兄」
「……お兄って呼ぶな」
至福のひとときは短く終わった。
ジェイがまた休憩室に来た。昨日よりさらに浮かない顔をしている。
ちなみに今日は休憩室にいるのは俺だけではない。
数人の使用人が残って談笑しており、俺はパイプじゃなく紅茶で一服しているところだった。
そういえばシャーリー先輩は……いた。今日もパイプをふかしている。意識して探さないと視界に入らないくらい存在感がないな。そもそも意識をしないが。
その他の使用人たちは俺と親しげな様子のジェイに好奇の目を向ける。俺はちゃんと、ジェイは身内だと懇切丁寧に説明したぞ。
「メアリ様になにかあったか?」
「ううん、メアリ様はお元気だったよ。お茶会では、入賞なさったフィリー様のことをみんなで讃えていらして、『シュリ・ネルスンズ』のお菓子が出されたの。裏でわたしたちも貰ったんだけどすごくおいしくて……」
「それはよかった」
楽しく働けているようでなによりだ。
どうしてこう、女の話というのはとりとめがないのかとよく思ったものだが、ジェイの話はそんなに気にならない。不思議だ。
しかし、本題に入るための手助けが必要かもしれん。
「それで? なにか気に掛かることがあったか?」
「おに、ディルってさ、その……人をせせら笑うことに快感を覚える魔物のように冷たい人間、っていうのは本当、なの……?」
「ゴホッ」
「グッ……ゲホゲホ」
咽せた。
俺以外の人間も咽せているのはどういう了見だろうか。
まあ、しかし。
なるほどな。話は見えた。
「他に言いたいことはあるか」
「ほか? えっと、魔法しか能のない頭の固い守銭奴?」
「グフッ……クックック」
部屋にいた一人が笑いを堪えきれず顔を逸らした。こいつは後輩だが、態度がでかい奴だ。
「……お茶会が俺の悪口で盛り上がったようでなによりだ」
「わはは、だいたい当たってるし」
お前はうるさいぞ。
昨日のお茶会で俺の悪口大会が繰り広げられ、新人のジェイは初めてのことにびっくりしたんだろうな。そりゃ身内がこれだけボロカスに言われていたら誰だって気にする。
ジェイは困惑と悲しみが混じったような表情で俺たちを見ている。あまりからかうのも良くないか。
「ディルはそんな人間じゃないよね? なんかわたし悔しくて」
「これでいいんだ、ジェイ。そういうときは、一緒に笑って俺の悪口で盛り上がれ」
「どうして?」
「嫌われるのが俺の役割で、一番みんなが幸せになれる方法だからだ」
「でも、そんなの」
ジェイは納得がいかないようだが、本当にそれが俺の仕事だ。
ロアン坊ちゃんは家族から溺愛されている。
そんなロアン坊ちゃんを過干渉から守る目的で俺がいる。間に入り、彼らが互いに適切な距離を保てるよう調整するという役目である。いわばクッションだ。
当然、ロアン坊ちゃんに好きに構えない家族からは煙たがられる。
しかし、悪口程度で済むなら俺に何のダメージもない。むしろそれでガス抜きになるならどんどんやってくれ、という気持ちだ。
それに、本気で言っているわけじゃないしな。ストッパーが必要というのは彼らも自覚している。度を越すとラビリニ家の評価点に関わってくるので。
特に、昨日のお茶会の主役だったフィリー様とは評価点絡みでいろいろあった。いまだに避けられている。
「まあ、ディルもこういってることだし、信じてみなよ。こいつが嫌なことを我慢するわけないんだから」
後輩が偉そうにジェイをなだめた。
なんか腹が立つが、そういうことだ。
あ、そうだ。
これも言っておかなくては。
「ジェイお前、絶対俺が兄だとか『女神の庭』出身だとか言うなよ」
「言わないけどわかった」
「ディルは身内に甘いからなー」
「……とか思われたらそこにつけ込まれて、俺に無理を通すようジェイに頼み込んだりしかねない。だから、内緒な?」
「わかった」
頼むぞ、本当に。
ジェイはまだ、ラビリニ家がどれだけロアン坊ちゃんを溺愛しているかわかっていない。
それを理解した時には、ジェイも平気で俺の悪口に乗ってくるようになるんだろうな。……それはそれで少し悲しいが、大人になるっていうのはそういうことだ。
こういうことは、使用人の研修では習わない。現場には例外が多い。俺の立場ほどの特殊例も、そうそう無いだろうしな。
ところで、俺は別に身内に甘くないが? ラビリニ家の人間と同じにしないでもらいたい。
後輩をチラリと見たが、素知らぬ顔で紅茶を飲んでやがる。
「ジェイちゃん、この家で騒動に巻き込まれたくないなら、とにかくロアン様からは離れていることよ」
俺たちのやりとりを見ていた先輩の一人がやさしくジェイに語りかけた。この人は通いで来ている主婦だ。
「えっと、どうしてですか?」
「年齢が近いから、何があるかわからないもの」
「ロアン様だけじゃなく、ネオス……様と旦那様とイーゴ様からも距離を取れ。何があるかわからん。あ、ムール様もか」
「それって男性全員じゃない」
そうだ。ラビリニ家の男たちは関わると面倒なんだ。特にロアン坊ちゃんは厄介だ。本人の性格には問題はないが、色恋が絡むと周囲が厄介すぎる。
そして、まだ使用人に染まりきっていない隙のある若い女性使用人は、男性貴族の餌食になりかねない。いくら使用人協会が最強とはいえ、一般市民を脅す手段はいくらでもある。
ラビリニ家は貴族にしては選民意識やら傲慢さが薄いが、それでも気をつけるに越したことはない。俺の快適な職場環境を保つためにも。できれば、そこの生意気な後輩使用人や、女好きな先輩使用人からも距離を取ってほしい。
ジェイには、ぜひともメアリ様のお世話だけに専念してもらいたいものだ。
と考えていると、ぬるい視線を方々から向けられた。
なんだ、何か言いたいのか。
「ふふ、ディルったらジェイちゃんが大事なのね」
「身内に甘いタイプだったんだな」
新人教育として普通だろ。
と言いたかったが、何を言っても笑われる気がしたので黙って紅茶を飲んだ。俺の仏頂面を見てさらに笑われた気がするが、もう相手にしていられない。
俺をからかう材料ができてよかったな。
平和なことだ。なんだかんだ、新人がかわいがられ大事にされるのはいいことだ。
今日はロアン坊ちゃんは学院に登院なさる日だな、と壁の飾りを見つめながら別のことを考えた。