13話 唯一の友人 2026年10月25日 公開
13話 唯一の友人 2026年10月25日 公開
昼過ぎ、ロアン坊ちゃんを迎えにいく。
門をくぐると、友人と親しげに話している坊ちゃんの姿が目に入った。
人当たりが良く、気遣いができて貴族の高慢な態度がない坊ちゃんは広く好かれている。……それゆえに恋愛(と失恋)にいたることも多いのだが。
並んで話す二人に近づいていくと、会話が聞こえたきた。
「……証拠はいずれ掴んでやる。貴族共が市民を食い物にしてのさばっておくのを許してはおけない」
「君はいつも熱心だね。成果があったら僕にも教えて」
「強気でいられるのも今のうちだ。化けの皮を剥がしてやる」
「ははは、君っておもしろい」
……会話が、噛み合っていないのでは。
遠目からは友人同士に見えたが、近づいてみるとロアン坊ちゃんと会話していた生徒は険しい表情をしていた。
友人、なのだろうか。
あ、坊ちゃんが俺に気づいた。
「ディル、ご苦労さま。こちらは友人のビヨンだ。まだ会ったことはなかったよね。ビヨン、こちらは僕を迎えにきてくれたディルだよ」
「しがない使用人のディルでございます。ロアン様のご友人にお会いできましたことを嬉しく思います。今後ともどうぞよろしく」
「ふん。俺はビヨン。貴族の腐敗に目を瞑る愚か者どもが。いずれ貴様らも制裁を受ける日が来るだろう」
挨拶を返してくるとは、案外礼儀正しい。
言ってることは何一つわからないが。
「ビヨンが『よろしく』だって」
「 膠 ( にかわ ) のように硬化した貴族共の座を溶かし尽くすまで俺は止まらない」
「ディルとも仲良くしてくれるんだ、ありがとうビヨン」
坊ちゃんが通訳してくれた。ありがたい。
どうやら本当に友人のようだ。コミュニケーションが独特だが、坊ちゃんへの害意は感じられなかったので、よしとしておく。
貴族に反発する一般市民の一派かもしれない。
昔々、使用人が『沈黙の行進』によって権利を獲得したのち、一般市民からも声が上がるようになった。長い戦いを経て、一般市民はついに政治に関与する権利を獲得した。その結果、議席がいくつか用意された。
今や貴族の地位は名ばかりのものとなり、一般市民との身分差は無いものとされたことになっている。貴族の地位の形骸化に伴い、王の権威も形ばかりのものとされ、王都は首都と呼ばれるようになった。貴族の坊ちゃんが平気で一般市民と付き合ったりしているのも、こういった事情が裏にある。
……が、実情は少し違う。
一般市民がクーデターを起こしたとしても、知識や経験もなしにいきなり政治を行えるわけがない。だから、いい落とし所に貴族側が誘導したにすぎない。実際は身分差は残っているし、貴族は相変わらず一般市民を舐め腐っており、市民の声を聞く場を設けてやっただけ、という状態だ。
一般市民が身分差の撤廃に沸き立つ中、聡い市民は貴族の本質を見抜き、抗議活動を続けている。
という首都事情があるわけだが、このビヨンとかいうご友人もその抗議する一派だと思われる。だって、語彙がもうそっち系なんだよ。抗議派語録でしか会話できてないだろ、これ。
坊ちゃんも坊ちゃんで、よくにこやかに友人だとか言えるよな……。絶対に家に呼べない友人だろ。
帰りの浮車でフワフワ揺られながら、坊ちゃんは俺が買ったパンを美味しそうに頬張っていた。味は合格のようだ。また買いにいこう。
パンを食べつつ、嬉しそうにビヨンについて語っている。
「彼は、情報を集めるのが得意なんだよ。僕の知らないことをよく教えてくれるんだ。おいしい料理店もね」
「左様ですか」
マジか。じゃあ坊ちゃんのデートに同伴して美味い料理店を知った俺も、あいつから恩恵を……? 知りたくなさすぎる情報だった。
旦那様にどう報告すればいいんだ、これ。
情報通のご友人と仲良くしていらっしゃるご様子です、くらいしか言えないか。
友人は選んでもらいたいところだが、交友関係に口出しする権利は俺にない。語録がアレなだけで、いい奴かもしれない。
いや、いい奴なのはあいつに付き合ってやってるロアン坊ちゃんだろう、どう考えても。普通はこんなに怪しい人間に近づかないし、ましてやスムーズな意思疎通が可能になるまで親しくなったりはしないものだ。ちゃっかりと情報をもらっているあたりもコミュニケーション能力の高さゆえか。
無頓着なのか懐が広いのか。人たらしだ。
そもそもビヨンは貴族嫌いなのに、貴族だらけの首都学院に入ること自体おかしい。おおかた敵情視察のつもりが、まんまと坊ちゃんに絆されたってところだろう。他に友達いないだろうしな。
俺も学生時代はネオスしか友人がいなかったな……。
断じてあのビヨンと同じではないが。
「ディル、どうかした?」
憂鬱な気分が漏れてしまったらしい。坊ちゃんがとなりに座る俺の顔を覗き混んできた。
他人を気遣う余裕があるとは。昨日は心ここに在らずだったが、 ショック ( ひとめぼれ ) から回復したようでよかった。このまま、昨日のことを忘れてくれますように。無理だな。
「……浮車で酔ってしまったようです。すぐに収まりますから」
そっか、と坊ちゃんは納得した。
実際酔い気味だし、本邸まですぐなので収まるのも本当だ。
俺は表情を引き締め直した。
夕食入浴その他雑事を終え、就寝。
が、眠気がなかなかやってこない。
健康的な時間とはいえ、いつもならストンと眠りに落ちるんだが。
しかたなく明かりをつけなおし、日報を書くことにした。
それもすぐに終わってしまった。今日は自由時間も多かったから書くことが少ない。
……自由時間が多かったのに、休めた気がしない。
サボるのは得意なんだが。
思うに、細切れに休憩が挟まると切り替えが多くなって疲れるのではないか。効率的にサボるためには、休み方にも気を配ったほうがいいということだ。
しっかり休む時と、浅めにサボる時のバランスを取ることこそが極意なのではないか。
こんなことをごちゃごちゃ考えなくてはいけないのは、俺がまだまだ未熟だからだろう。達人は息をするように切り替える。緩急のつけかたが巧みだ。
俺の知る中でも、そういった達人は少ない。
「使用人たるもの、常に手を抜け」と言った面接官の彼と、もうひとりは……誰だったか。
そうそう、シャーリー先輩だ。あの影の薄い。
そういえば、そろそろ使用人協会に定期報告する時期か。今度、彼に会ったらサボりの極意を尋ねてみよう。
よし。考えることが尽きた。
眠気はやってこない。むしろ目が覚めた。
ダメだこれは。
俺は諦めて、上着を着た。
散歩がてら飲みに行く。もう、これしかない。
俺は夜の首都に繰り出した。