16話 二十六階 2026年10月28日 公開
16話 二十六階 2026年10月28日 公開
二十六階。
ここは草原と低木の層で、出現する魔物はボア……猪だ。
もっと浅い層でもボアは出現するが、そちらは小型。二十六階では中型が突進してくる。威力も格段に高く、二十三階からの低コスト層で迷宮を舐めていた探索者がよく吹き飛ばされていた。
倒すと肉と毛皮、牙などがドロップする。
肉は野生味のある豚肉といったかんじか。煮込めばそこそこいける味だ。生姜焼きもいいな。
肉がドロップするので、この階で活動する探索者は多い。
さて、坊ちゃんはどうするか。
「うーん。……まずは速さを見たいな。ディル、盾はある?」
「こちらに……。そのまま受け止めますと、吹き飛ぶ恐れがありますが」
「そんなに強いのか。じゃあ、初めはディルの魔法で止めてもらおうかな」
「かしこまりました」
すでに戦闘している人々を避けながら進んでいくと、一匹の注意がこちらに向いた。あいつにしよう。
埃を巻き上げながらボアが突進してくる。
速いな、だが俺の敵じゃない。
「板」
土魔法でカチカチの壁を出す。
ドン! とボアが壁に激突した。その衝撃に坊ちゃんが驚く。やっぱり坊ちゃんの体重では、盾で受け止めると吹き飛ばされるな。
「今です」
「うん」
止まったボアの首を刎ね、本体が消える。
魔石と、葉に包まれた肉がドロップした。
「ディルの言うとおりだね、僕ではまだ受け止められない。盾で進路を逸らすのが精一杯かな。でも避けた瞬間に斬ろうとすると追いつかないし、やはり足を止めるか……」
坊ちゃんは対策を考え始める。
自分の力量を見誤らないのはいいことだ。
「魔法を使わない場合、みんなはどうやって倒しているんだろう」
「罠などで足を止める方法が一般的です」
俺は少し離れた場所にいる探索者の一団を示した。
トラバサミのようなものを仕掛けてでボアの足を挟み、動きが止まったところでとどめを刺している。
多少手間だが、安全だ。ボアは真っ直ぐこちらへ向かってくるため罠に掛けやすい。地上にいる魔物や動物とちがって、迷宮の魔物は学習しないので同じ手が使える。
彼らは肉の納品依頼を受けているんだろう。安全と効率を極めた方法を取っていた。
坊ちゃんのように、ただ進むだけが目的ならそこまで倒すことにこだわる必要はない。
まあ、訓練にはなるが。
「じゃあ、今度はすれ違うときに斬る方法を試してみるよ。失敗したら、魔法で止めてくれる?」
「かしこまりました」
はぐれたやつを探して注意を引く。
坊ちゃんは突進するボアの正面で盾と剣を構えた。
そしてぶつかる寸前で避け、斬りつける。
「せいっ!」
いい反応速度だ。うまくいった。
が、ちょっと浅かったか。
「板」
俺の方に向かってきたので、土壁で止めた。
坊ちゃんが再度斬りつけ、ボアは消えた。
「ありがとうディル。うーん、避けながらだとうまく力が入らないな。もっと素振りをしないとダメか」
確かに、反応はよかったが剣に力が乗っていないかんじがした。
筋力というより、力の使い方次第だと思うが。
自分で課題点を見つけられるのはいいことだ。
「ところで、その『板』ってなんだか気が抜けるね……」
「そうですか?」
『盾』とか『土壁』だとうまくイメージが固まらないから『板』なんだが。もっといい言葉があればそちらにしてもいい。今のところ『板』が一番いい盾が作れる言葉だからこれにしていているだけだ。
ファンタジー感がないのは認める。
「もっと、こう『大地の化身よ我を守りたまえ』とか『地底より顕現せよ強固なる城砦』とか、そういうのでもいいんじゃないかな」
「……参考にします」
ロアン坊ちゃんはそういう詠唱系がお好みの年頃か……。ネオスも必殺技を叫ぶのにハマっていた時期があった。
大きくなってしまわれたな。
あのビヨンとかいう友人と気が合うのも、案外あいつの語録を気に入っているからかもしれない。
二十六階でしばらく粘り、坊ちゃんはボアのスピードに慣れてきた。
反復や復習を苦としないタイプなので、成長が早いな。教師がつけばとんでもなく伸びるだろうに、もったいない。
差し迫った危機もない今、急ぐ必要はない。
しかし、ラビリニ家の面々はロアン坊ちゃんが強くなりすぎないようにしている節があった。
理由は簡単、強くなればなるほど、怪我をする確率が上がるからだ。命に関わるような場面も増えるだろう。
ロアン坊ちゃんに何かあれば、彼らは耐えられない。だからそれとなく成長をセーブし守っている。
坊ちゃんが強くなりたいと言い出すまでは、このままだろう。
それが良いことか悪いことか、俺に判断する権利はない。ただ、もう少し強くなってくれたらもっと稼げるな、とは思う。今でも副業としては破格なので文句はない。
などと考えていたせいで、背後から来たボアにぶつかりそうになった。
腕をわずかに牙がかすり、通り過ぎていく。
「ディル!」
振り返った坊ちゃんが、そのまま剣を振りかぶって真正面からボアを真っ二つにした。そのまま消えてドロップ品に変わるボア。
強……。
火事場の馬鹿力というが、そんなレベルか?
あれか、坊ちゃんに足りないのは危機感か。力はあるのに、それを発揮できていないだけかもしれない。
「助かりました」
「大丈夫? 傷は」
「かすっただけですよ」
袖を捲って傷を見せる。わずかに血が滲んでいるだけで、本当にたいしたことはない。
坊ちゃんは傷に手をかざした。
逆再生みたいに傷が塞がっていく。
すぐに見えなくなった。
坊ちゃんは回復系のスキルを持っているのだ。
「ありがとうございます」
「ううん、後ろに注意してなかったよ。ごめんね」
それは俺もだ。
浅い層だからと気を抜いていてはダメだな。
「スキルの発動にも名前をつけられたらいいのに……。『大いなる癒しを与えたもう』とか『秘めたる力を解き放て』とか」
スキルの発動に技名が必要なくてよかった。