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6話 失恋とメンタルケア 2026年10月18日 公開

最強使用人ディルは、手を抜きたい — kakuyomu.jp · All chapters

6話 失恋とメンタルケア 2026年10月18日 公開

「恋って何だろう」

少年の呟きが虚しく空へ溶けていく。

昼前の広場は閑散としており、ベンチに座っている人は少ない。そのことが余計に少年の気分を落としていく。

今し方、少年は付き合い始めたばかりの少女から別れを告げられた。お互いに気に入っていたはずが、何も始まらないまま終わってしまった。

どうしてこうなったのか。

広場に立つ銅像に問いかけても、返ってきたのは睨みつける視線だけ。

二人は迷宮近くの街で出会った。道端で困っていた少女を少年が助け、そこから交際へと発展した。

少女の両親は何らかの商売をしており、彼女はその手伝いをしながら迷宮探索で小遣い稼ぎをしていた。少年も同様によく迷宮に潜っていたので話が合った。

少女の快活な性格もありすぐに打ち解けたのだが、二回目のデートでこれである。

恋って何だろう、か。深い問いかけだ。

恋についてはともかく、少年が別れを告げられた理由は明白だ。

俺です、俺のせい。

少年の隣に座って同じ空を見上げている、使用人の俺。

俺が何かしたわけではない。ただそこにいた。

貴族の常識では、未成年のデートには同伴者が必要なのだ。

少年は貴族で、去って行った少女は一般人だった。彼女からすれば、デートに使用人が同伴するなんて意味がわからないだろう。

初めこそ、少年の貴族らしい紳士的なふるまいが少女にとっては新鮮だったようだ。だが、同伴者の存在というプレッシャーに耐えながらのデートは、一般人の彼女にとっては厳しいものがあったんだろうな。

お前なんでデートについてくるの? みたいな視線をちょくちょく向けられた。他人のデートに同行したい奴なんかいるか、仕事だ仕事。

だがしかし、それが貴族とデートするということだ。

貴族と一般人はいろんな常識(特に色恋に関するもの)が異なる。それを乗り越えるだけの情熱が持てるかどうかが問題だ。残念ながら少年たちにはなかった。

少年──ロアン坊ちゃんは十五歳。

これからそういったことを学んでいく年齢だ。家庭の事情がいろいろ、本当にいろいろあるので、理解は難しいかもしれないが。それに同伴者がいることにも慣れてしまっている。

そういうわけで、俺という存在からくるプレッシャーが原因でこの恋路は破局に至った。

直接原因ではないにしろ、遠因ではある。

いつか報われるといいいな。

他人事のように考えながら、ベンチで一緒に空を仰いだ。

俺は使用人なので、本来はロアン坊ちゃんの後ろで控えているべきなんだろう。だが、誰も見ていない場で堅苦しい仕草をするなんて、俺も坊ちゃんも望んでいない。

必要以上の仕事をしない。

それは俺が使用人の作法として叩き込まれたことだ。だからこれは怠慢じゃない。

疲れるだろ、ずっと立ってんのは。

使用人に過度な疲労を伴う労働を課すのは、規約違反だ。

そういうわけで俺は坊ちゃんの隣に座り、しばらく雲の観察に付き合うことにした。

坊ちゃんはぐるぐると考え続けていた。

はたから見れば青春の苦い一ページに過ぎないが、当人は傷ついている。振られる側は、ある種の人格否定をされたような気持ちになるからだ。

去った少女は気を遣ったのか、別れる理由について「忙しくて……」と言葉を濁していた。「貴族とは価値観が違うから、続けていくのは難しい」とはっきり告げられていれば、すこしはマシだったかもしれない。

……もしかしてメンタルケアもしないとダメかこれ。メンケアは手当が出ないんだよな……。

などと考えながら、俺はこっそりため息を空に吐き出したのだった。

茫然自失のロアン坊ちゃんは、わりとすぐに復活した。

完全復活とはいかないが、十代の恋愛はそんなものだろう。

まだ相手との関係が浅かったのが幸いした。

これが本気の相手だった場合、俺だけじゃ対処しきれなくなるところだった。

さて、今日の予定はどうしたものか。

本来ならば、これからランチデートのはずだった。俺たちが今いるのは、首都のすぐ横にある迷宮に付随した街だ。そこにある、迷宮産の食材を使った料理店に予約を入れていた。

さすがにキャンセルか……と思っていたのだが。

「あそこのお店、美味しいって評判だから楽しみにしてたんだ。ディル、悪いけど一緒に入ってくれるかな?」

「ご一緒します」

ロアン坊ちゃんの提案に即答してしまった。

ここは使用人としての奥ゆかしさをみせるべき場面だったのに。

予約の手続きは俺がしたので、当然店の評判は知っている。雲行きが怪しいのにこの店をデートに使うのはもったいないなと思っていた。

坊ちゃんもキャンセルが惜しかったのだろう、俺の返答を聞いて少し安心したようだった。

そういうわけで、いなくなった少女の代わりに俺が相伴にあずかることになってしまった。大衆向けの食堂なので使用人が主人と同席していても誰も気にしない。

俺はちょっと得した気分で意気揚々と店に向かったのだった。

店のメニューは期待通りだった。

元来、迷宮産の食材は質が低い。それでも貴重な食料には違いなく、首都では食肉の半分近くは迷宮から供給されるものだった。

質の低さをカバーしようと試行錯誤がなされ、首都やこの迷宮街では様々な料理店が乱立している。ハズレも多いが、当たりを見つけた時の喜びは大きい。

この店は当たりだ。それもかなりの。

調理の技術が秀でているのが、肉の柔らかさからうかがい知れる。大抵の店は味付けでどうにかしようとしているが、この店は仕込みに工夫を凝らしているようだった。

具体的に何をしているかはわからないが、手が込んでいるのは確かだ。少し値が張るのは、深層の食材を混ぜ込んでいるからか。

迷宮産の食材はその深さで質が変わる。浅い層のシシ肉や鹿肉、狼肉などは総じて質が低く、深い階層でドロップする食材はかなり美味だ。当然、深いほど攻略の難易度も高くなり、値段もそれなりになっていく。

ロアン坊ちゃんも関心したように魚のソテーを味わっていた。

「これは美味だ。どの階層かな」

「恐らく二十五階のものかと」

「ああ、あそこだね。釣り場があるっていう」

そんな会話を時折交えつつ、食事を楽しんだ。

行きつけの店が増えてありがたいことだ。立地もいいしな。

食後のデザートになり、軽めのパイを食べながらロアン坊ちゃんはため息をついた。

今のは満足のため息、というだけではなさそうだ。

さすがに立ち直りつつはあるが、傷心は現在進行中である。食事がひと段落して、今の状況を思い出したようだった。

パイ生地が一枚、はらりと剥がれる。

「……どうして僕はモテないんだろう」

「…………?」

呟きに絶句した。

モテない、とは。

間違いなく、坊ちゃんはモテるほうだろう。

明るい栗色の髪、青い目という貴族らしい容姿だけでなく、物腰が女子受けする柔らかさだ。夫人や姉たちの存在もあり、聞き上手で会話がよく続く。小さな驚きで相手を喜ばせることも忘れない。この歳にしてすでに完成されていた。

これまでも付き合った人は何人かいた。残念ながらどれも破局に終わったが、モテない人間はそもそも付き合うという段階まで到達するのが至難だ。

坊ちゃんが声を掛けて交際へ至る確率はかなり高い。

向こうが貴族という立場に気が引けて別れを切り出す確率も高い。

つまり、坊ちゃんは長続きしないことを「モテない」と思いたいのかもしれない。

それは、まあ、しょうがないですよね、としか言いようがないな。大概の場合、 使用人 ( 俺 ) が同伴しているせいで、「自分は貴族ですよ」とアピールしていることになり、相手がプレッシャーを感じて破局に至っているので。

まずその惚れっぽいをどうにかしてほしいものだが。

それも家系的に難しいように思える。

父親のラビリニ家当主様は四人も夫人を娶っている。

そして、次男で俺の友人であるネオスも惚れっぽく、昨日も失恋の愚痴を聞かされた。歴代の恋人の名前を延々と列挙して実に鬱陶しかった。

次期当主で、ネオスとロアン坊ちゃんの兄であるイーゴ様は今の所一人しか夫人はいないが、安心はできない。

とにかく、ロアン坊ちゃんは今後もきっと恋の悩みからは逃げられないだろう。

何より、本当の恋をまだ知らない。

女の子と過ごす時の高揚感と、恋をしたときの高揚感は質が違う。

……とはいえ、俺は坊ちゃんには「そうですか」としか言わなかった。

坊ちゃんは答えを求めているわけじゃないからな。

薄情に見えるかもしれないが、知った事じゃない。必要以上の仕事(メンタルケア)はしないほうがいい。

それより、この機会に存分にこの店の食事を楽しむべきだろう。デザートまでこだわっている店は、ありがたいことこの上ない。カフェとしても利用できるということだからな。今後も利用させていただこう。

ベリーが乗ったパイの食感を楽しんでいると、坊ちゃんは淡く笑った。

「ありがとう、ディル。おかげで気が楽になったよ」

俺、何も言ってないんだが。

むしろ俺が数々の破局の原因なんだが。

口にいっぱい詰まったパイのせいで、俺はすぐに返事ができなかった。