8話 低コスト層とかけら 2026年10月20日 公開
8話 低コスト層とかけら 2026年10月20日 公開
次の階層、二十四階。
ここは二十三階よりさらに不人気だった。
荒れた地面に建物の瓦礫がところどころ積み上がっている。サバゲーならいいマップかもしれないが、残念ながら出てくるのは虫だ。
サッカーボールくらいのカナブンみたいなやつが複数匹襲ってくる。動きもおそいし数も少ないが、飛び回るので倒しにくく、ドロップも渋い。あと、ブンブンうるさい。いいところが少ない。
なので、ほとんど人がこない。
こうして、俺と坊ちゃんがたまに見回りにくるくらいのものだろうな。適当に倒して素通りされることが多い。
そんな二十四階だったが、俺たちしか知らないであろう秘密があった。
「ディル」
「かしこまりました」
俺は坊ちゃんの前に出て、目を閉じた。
自分のスキル【マッピング】によって、階層の構造が脳内に浮かんできた。点在するカナブンの発生場所もわかる。
それを確認してから、先ほどと同じ魔法を発動した。
「 礫 ( つぶて ) 」
カナブンたちの前に弾丸を出現させ、射出。
これで一掃できたはずだ。
少し遅れて、魔石がボトボトと落ちる音が響いた。
「お見事。……いつ見ても、名前に見合わない魔法だね」
「恐縮です」
坊ちゃんは少しあきれたような顔をしているが、これは仕方ないんだ。魔法は名前をつけると発動しやすくなるという仕組みがあるのだが、この世界に『弾』にあたる言葉がなかった。なので、初めは『石ころ』だったが、それもあんまりだと言われたので『礫』に変えただけだ。俺のせいじゃない。
それはともかく、階層にいた百匹ほどのデカカナブンを一気に倒したことで、ある変化が訪れる。
進行方向の荒野の中央。
そこにモヤが現れ、人影のような黒い何かが出現した。
黒い甲冑の騎士。兜にはクワガタのようなツノが生えている。この階層における、いわゆる隠しステージのようなものだ。
この騎士との手合わせが目的だった。
「それでは師匠、お願いします」
ロアン坊ちゃんは礼をして、騎士に向かい剣を構えた。
迷宮の魔物である騎士は答えないが、代わりに同じように剣を構えた。
しばらくして、打ち合いが始まった。
カンカンカン、と規則正しく剣を打ち合う音が響く。
この黒甲冑、決まった動きしかしない。
それも、この国に伝わる由緒正しい剣技の型だ。
俺なら倒そうと思えばすぐ倒せるが、坊ちゃんにとってはきちんとした型を覚えるにはちょうどいい相手なのだ。
ラビリニ家は、迷宮管理のための衛兵以外に兵を持っていない。剣の指導者は次男のネオスにのみ付いており、三男のロアン坊ちゃんにまでは手が回らないのが現状だ。危ないことをさせたくないという家族の意向もある。
だから、きちんとした型を学ぶ相手として最適だった。
さて、坊ちゃんが魔物に指南を受けている間に俺はドロップした魔石を集めるとするか。
この階層も魔石の質はいまいち。カナブンの翅のようなものもたまに落ちるが、買取金額は安い。
ここも、低コスト層か。
人が寄りつかないから訓練にはちょうどいいが。
ここにくるのも何回目になることやら。
坊ちゃんもよく飽きないものだ。
一仕事終えて座り込みぼんやりしていたら、肩で息をする坊ちゃんが近づいてきた。
「終わったよ、ディル」
「お疲れ様です。いかがでしたか」
坊ちゃんは手のひらを俺に差し出した。
そこには金属のかけらが載っていた。
「また、ですね」
「うん。これで二十八個目だよ」
マジですか。
二十八回もこれをやっているのか、俺たち。どうりで慣れるわけだ。
「鑑定によれば、三十個集めたら何かが起こるみたいなんだけど、どうなるんだろう」
「さあ……」
どうせ上等な剣と交換してくれるとか、そういうアレだろう。スタンプカードかよ。と俺は思ったが、坊ちゃんは心底楽しみにしているので黙っておいた。
飽きずに何回も手合わせしている理由の一つが、このスタンプ集めならぬかけら集めのためである。さすが迷宮、客集めが上手い。
「それと、これも落ちたんだ」
坊ちゃんの手のひらには、石が載っていた。
鉱石だ。
赤黒い中に銀が混ざったような、不吉な感じのする石。
この階層では、鉱石がドロップしたという記録はないはずだが。鉱石類が落ちるのは、少なくとも三十五階層以降のはずだ。
隠しステージだからか。それにしても異質な気がした。
「これは鑑定してもらったあと、報告した方がいいね」
「……そうですね」
俺は不安を見せないよう返事をした。
「うーむ、これはいささか……奇妙ですな」
昇降機で一階ロビーに戻り、鑑定所へ向かった先。
鑑定士の爺さんがそう呟いた。筒のようなものを目に当て、先ほどの赤黒い石を熱心に観察している。
ドロップしたものを買い取ってもらうためには、価値を見定めて値段を決めてもらわなくてはいけない。魔石に鑑定は必要ないが、こういったよく分からないものは鑑定して値段を決めてもらってから別の買取窓口へ持っていくことがほとんどだ。
この爺さんはかなり年季の入った信頼できる鑑定士だ。
俺も何度か世話になってきた。
しかし、奇妙ときたか。
「どういうことですか」
「通常、迷宮は害のあるものは出さんのですわ。この石は、ちょいと違う。このままでは特に害はありゃしませんが、使い方によっちゃあ良くないことになるようで」
「良くないこと、ですか」
ロアン坊ちゃんは、少し落ち込んだような顔をした。
自分が倒した魔物のドロップ品が「良くない」と言われたらそりゃそうなるだろう。
俺は椅子の上で俯く坊ちゃんの後ろに立ち、黙って成り行きを見守った。
「ロアン坊っちゃま、これは何階層のもんですかな?」
「……二十四階です」
「そうですか、そうですか。もうそんな階に届いておるとは。じっくり成長なさっていて喜ばしい限りですぞ。このように変化に目ざとくあるとは、立派に『見回り』の仕事を果たしていらっしゃる。伯爵様もさぞ鼻が高いでしょうな」
ほっほっほ、と爺さんは笑った。
なかなかいい褒め言葉だ。これが『仕事の成果』と称されたら、坊ちゃんにとっては嬉しいだろう。
事実、坊ちゃんは得意げなのを隠そうと頑張っている。
爺さんは孫を見るような目で坊ちゃんを見守っていた。
「これは、買取に出さず研究所へ持ち込むのが良いでしょうな。常設依頼の中にあるはずじゃ」
「窓口で確かめてみます」
すっかり立ち直った坊ちゃんは、意気揚々と立ち上がり礼を言って鑑定の部屋を出た。
俺も軽く礼をして、爺さんのほうをチラリと見た。
俺にも孫を見る目を向けてきたが、知らない振りをした。