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9話 新たな出会い 2026年10月21日 公開

最強使用人ディルは、手を抜きたい — kakuyomu.jp · All chapters

9話 新たな出会い 2026年10月21日 公開

迷宮での取得品はそのまま持ち帰ることができる。また、買取を行っている窓口で売ることもできる。

他の場所でも売ることはできるが、迷宮を離れると肉なんかは腐りやすくなるため、なるべく迷宮のロビーで買い取ってもらった方が有利だ。

それに、迷宮内では探索者向けに依頼を出しており、そこで納品すると買取金額に依頼料が上乗せされるため大変お得になる。

それは関係者のロアン坊ちゃんや俺も例外ではない。売った魔石の金はありがたく紅茶代になってもらおう。

「研究所からの依頼はありますか」

ロアン坊っちゃんが窓口で尋ねると、担当者が一覧を見せてくれた。坊ちゃんはしばらくその紙を睨んだあと、該当しそうな依頼に当たりをつけたようだ。

窓口でもらった紹介状と鑑定書を携え、俺たちは迷宮を出た。

出たところで、三時の鐘が鳴った。

別邸で着替え、停留所に向かうとちょうど馬車……に似ている浮車が来たので二人で乗り込んだ。

浮車は首都と迷宮街を往復している、車輪のない馬車のような乗り物だ。馬が牽引しているという点は馬車と変わらないが、揺れないので人気がある。独特の浮遊感を苦手に思う人もいるようだ。

どうやって浮いてるのやら、謎技術だ。首都以外では使用できないそうなので、道路側に何か仕込んでるんだろうとは思う。リニアモーターに似た技術だろうか。あれも浮いていた気がするが、詳しくは何も知らない。

ファンタジーだな。

どうにも落ち着かないので、俺は少し苦手だ。しかし乗車賃が無料なので利用させていただいている。

浮車に揺られておよそ十分。

いつも乗降する停留所を通り過ぎ、静かな場所で降車した。

首都の中の、研究所や学校がある区画だ。坊ちゃんが通う学院もこの近くにある。

「迷宮研究所に行くのは初めてだ」

坊ちゃんは少し緊張した面持ちで研究所の建物を見上げる。年季の入った無骨な造りだ。

迷宮関連はだいたいラビリニ家の管轄で、この迷宮研究所もラビリニ家の親戚筋に当たるどこかの家が関わっていたはず。

中に入ったあと、受付で紹介状を見せて担当部門の場所を教えてもらい、連れ立ってそこへ向かった。

「まあ! この度は研究所までご足労いただいて、ありがたいですわ。さっそく、鑑定書と現物を拝見しますわね」

応接室で対面したのは、女性の研究員だった。

坊ちゃんの向かいに座り、例の赤黒い鉱石を検分する。

貴族のご令嬢だろうな、後ろに女性が控えていた。俺と同じグレーの制服を着た使用人だ。

ご令嬢は坊ちゃんと同じくらいの若さに見えるが、ちゃんと研究員の制服を着こなしている。来訪者の対応を任せられるくらいには経験があるのか。

あるいは、坊ちゃんが貴族なのを見て、対応を貴族に任せたという面もあるかもしれない。本来、窓口のみで済む用事のはずだ。こんなにきちんとした応接室に通されるとは。

「……鑑定書の通りですわね。これは少々扱いの難しい鉱石です。錬金術師が使う素材のようです」

布の上に置いた鉱石をじっくり 見 て 、彼女はそう言った。

そっちだったか。

多分、彼女は鑑定系のスキル持ちだろう。研究所では重宝されるスキルだ。

それに、専門職特有の顔つきをしていた。研究対象以外にまるで興味を示さないタイプ。昔、こういう顔をした研究者やら学者を図書館でよく見かけたな。

貴族のご令嬢らしい振る舞いと身なりだが、研究者の匂いは隠せていなかった。

坊ちゃんは少し心配そうな顔になる。

「危ないものなのですか?」

「正しい人が扱えば、正しく作用します。すべての素材がそうであるように」

「そうですか」

「それよりも、こうした鉱石が二十四階層から出たということが、いささか気になりますわね」

坊ちゃんの表情が曇る。

だが、次の瞬間にそれは一変した。

目の前の彼女、ご令嬢がふわりと笑ったのだ。

文字通り、花が開く音が聞こえるような笑顔だった。

「こんなふうに研究所からの依頼を受けてくださって、ありがとうございます。探索者の皆さまはわざわざここまでお越しになりませんし、買い取りに出してしまわれますもの。本当に嬉しい」

ハッとした時には遅かった。

坊ちゃんは、ポー……っとご令嬢に見惚れている。

これは話をほとんど聞いていない。俺ですらちょっと驚くくらい良い笑顔だったから、坊ちゃんには効果てきめんだっただろう。

落ちた。マジか。

さっき失恋したばかりだろ。いくらなんでも早すぎる。新記録だ。まだ名前も知らないのに?

今ならまだ引き返せるかもしれない。

内心の呆れと焦りをよそに、話は進む。

「もしお時間がありましたら、今後も迷宮に異変があった場合に、教えていただけませんか?」

「今後も……?」

「ええ、ご迷惑でなければ。鉱石関連ですとさらに嬉しいです。もちろん迷宮管理局を通して正規の報酬をお支払いいたしますので」

「……わかりました。お任せを」

絶対話聞いてないな。

頼み事をされて使命感に燃えてる顔をしているが、絶対に話聞いてないぞ、これ。

鉱石系が出るのは三十五階層あたりからだ。坊ちゃんはまだ二十四階で修行中だろうに、何も聞かずに安請け合いしてる。

あーあー、これで今後も彼女に会う口実ができてしまった。フェードアウトを狙っていたが、難しいか。

これはもう、完全にダメだ。

……こうなったら仕方ない。

使用人として、全力で後ろでサボっていよう。

チラリと彼女の後ろに控える使用人の女性に目線を向けると、俺に向かってそっとうなずいた。

相手側の使用人にも坊ちゃんの気持ちはバレていた。

始まってしまった恋路に覚悟を決めたような顔だ。まだご令嬢の方は坊ちゃんなど眼中にない様子だから、そんな死地に向かうような表情はしなくていいと思うが。

どの家でも色恋沙汰は厄介な問題であるようだ。

味方がいると心強いな。これから何かと、食事のお誘いとかデートとかデートとかのセッティングでお世話になるかもしれない、何卒よろしく。俺は三ヶ月後にはいなくなる予定なので、それまで続いていたら後のことは任せます。

どちらにせよ、ロアン坊ちゃんが傷心のまま帰宅することにならなくて良かった。そっちのほうが厄介度は大きい。

今日の俺はいい仕事をしたはずだ。

それを喜ぶことにしよう。

何も知らないご令嬢研究員だけが、真剣に鉱石を見つめていたのだった。