1145話 死なない魔物
1145話 死なない魔物
フォロンダ公爵の豪邸に戻ると、ランカさん達が食堂で話し込んでいた。
「ただいま」
私の声に、ランカさん達の視線がこちらに向く。
「「「「おかえり」」」」
「いい武器はあったか?」
シファルさんの言葉に、私は笑って頷く。
「骨で作られた弓が2本と、通常の弓を1本買ってきたよ。明日から練習で使うので、よろしくお願いします」
私はシファルさんの傍に行って頭を下げる。
「わかった。でも2本か……」
私は、シファルさんを見て首を傾げる。
「2本は駄目だった?」
「いや、問題ない。ただ、ドルイドがアイビーをかなり心配していると思っただけだ」
お父さんが私を?
「当たり前だろう。捨てられた大地から無事に帰ってくる為なら、何でも準備するさ」
シファルさんの視線を受けたお父さんが、当然とばかりに言う。
それに、シファルさんが楽しそうに笑う。
「まぁ、そうだけど。練習も大変なんだから、これ以上の弓は必要ないぞ」
「わかっている」
魔物の骨を使った弓を2本買ったのも、注文した矢の数が多かったのも、お父さんが私を心配しているからなんだ。
「お父さん、ありがとう」
心配されるのはうれしい。
でも、かなり心配されている事で、私はまだまだなんだとちょっと悔しい気持ちにもなってしまう。
「ランカ達は、捨てられた大地から溢れ出る魔物の討伐依頼は受けなかったのか?」
お父さんの問いに、ランカさんがお父さんを見る。
「まだ私たちの準備が不十分だから。こんな状態で参加したら、他の冒険者達に迷惑を掛けてしまうわ」
「そうか」
ランカさんの説明に、お父さんが頷く。
「みなさん、お揃いでしたか」
食堂にドールさんが入ってくる。
そう言えば、帰ってきてから、まだ彼の姿を見ていなかったな。
いつもなら帰ってきたらすぐに「おかえりなさい」と、声を掛けてくれたのに。
「皆さんが揃っているなら、昨日聞こえた魔物達の咆哮について、わかった事を報告いたしましょうか。ただ、まだ詳細がわからない点もあるのですが……」
ドールさんの話に、ランカさんの表情が険しくなる。
「私が昨日聞いた情報は、捨てられた大地から魔物が溢れたという事だけなのよ。だから、お願いするわ。今はどんな情報でも欲しいのよ」
「わかりました。昨日のお昼過ぎ、捨てられた大地を監視している冒険者から「奥から、大量の魔物がこちら方面に向かって来ている」と報告が入ったそうです。すぐに待機していた冒険者達が魔物の討伐を行いました。ですが、予想を超える魔物の数と、致命傷を与えても倒れず、そのまま数十分も暴れまわった魔物がいたせいで、捨てられた大地から十数匹の魔物が溢れてしまったようです。そして、捨てられた大地の周辺にいた魔物が、溢れた魔物に向かって威嚇を行ったのですが、それが咆哮の正体です」
致命傷を与えても倒れない魔物?
というか、捨てられた大地から溢れた魔物を、こちら側にいる魔物が威嚇したの?
「死なない魔物か」
ヌーガさんの呟きに、ドールさんが頷く。
「はい。そのように呼ばれている魔物の事です。少し前に、捨てられた大地の奥で魔法陣が発動しました。そのあとくらいから『死なない魔物』が増えていると報告が来ています」
ドールさんの説明に、皆はそれぞれ考え込む。
「魔法陣を無効化しないと、これからも死なない魔物が増えていくって事なのかしら」
ランカさんの呟きに、ドールさんは首を横に振る。
「魔法陣が魔物に影響を与えていると、調査をしている一部の者達は考えているようです。でも、他に原因があるのではないかと私は思っております」
「ドールさんは、どうしてそう思うんですか?」
ラットルアさんの問いに、ドールさんは頷く。
「『死なない魔物』ですが、以前にもいたという報告が届いているからです。今回のように数は多くありませんが、たまに、現れていたそうです。ですので、魔法陣の影響で魔物に変化が現れたとは言い切れないと思っています」
前にもいたなら、今回発動した魔法陣が原因とは考えにくいのかな。
でも、まったく関係ないとも考えられないよね。
「前に現れた『死なない魔物』と、今回現れた『死なない魔物』は一緒なんですか?」
お父さんの問いに、ドールさんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すみません。現在調査中ですので、その質問には答えられません」
「わかりました」
「はぁ、とりあえず。捨てられた大地で大きな問題が起こっているのは確実って事ね。しかも、こちら側にも影響を及ぼすような事が」
ランカさんはそう言うと、テーブルに突っ伏した。
「どうする?」
シファルさんがランカさんを見る。
「何が?」
「王都から離れるか?」
シファルさんの問いに、ランカさんが目を見開く。
そして、顔を上げると笑う。
「まさか、逃げないわよ。捨てられた大地から溢れた魔物は王都だけでなく、この国全体に影響を及ぼすだろうから」
森は繋がっているから、王都で魔物が暴走したら、隣町の周辺にいる魔物達に影響を与えてしまうんだよね。
そして、隣町の魔物がつられて暴走したら、その隣の村や町へ。
「まぁ、そうだろうな」
シファルさんが頷くと、ラットルアさんとヌーガさんが少し呆れた表情をした。
「答えがわかっている問いをわざわざしなくてもいいと思うぞ」
シファルさんが、ラットルアさんの言葉に肩を竦める。
「ランカが、少し考え過ぎているような気がしてな」
「そうかもしれないわね。考えたってどうしようもないのに……」
ランカさんはそう言うと、椅子から立ち上がって、シファルさん達を見る。
「今は、捨てられた大地から溢れそうな魔物と、溢れた魔物の討伐だけど、すぐに原因究明と排除の依頼が出る筈よ。それに対応出来るように準備しておきましょう」
「わかった」
シファルさんが頷くと、ラットルアさんとヌーガさんも頷いた。
―フォロンダ公爵視点―
昨日起こった捨てられた大地から溢れた魔物の調査結果が早々に届いた。
「こちらです。どうぞ」
「ありがとう」
魔物に異変が起こった場合、すぐに調査を行うようにしている。
討伐の手助けになるような情報があるかもしれないからだ。
報告書を受け取り、顔色の悪い調査員に声を掛ける。
「大丈夫か?」
「はい。寝ていないだけです」
魔物の遺体が届いてから、今までずっと調べてくれていたのだろう。
「ありがとう」
俺はそう言うと、報告書を確認する。
「えっ? 首を切り落としてから、20分も暴れていたのか?」
5分ではなくて20分?
「はい。討伐に向かった冒険者達からの報告です。今回暴走した魔物は45匹。そのうち、4匹がその状態だったそうです」
ルーダから聞いて、そういう魔物がいるのはわかっていた。
でも、以前の「死なない魔物」は、首を切り落としてから動けるのは5分くらいだった筈だ。
それが、今度は首を切り落としてから20分も暴れるのか?
「魔物の遺体を詳しく調べましたが、原因はわかりませんでした」
「そうなのか? 通常の魔物との違いはなかったのか?」
「報告書にも書きましたが、溶けていたんです」
調査員の言葉に、俺は慌てて続きの報告書を読む。
「体内の臓器がほとんど液体状になっていた?」
「はい。そのため、詳しく調べられなかったのです。通常とは異なる部分ではあるのですが……」
「そうか」
液体状になってしまっているなら、調べる事は不可能か。
「お疲れ様、ありがとう。今日はもう休んでくれ」
「わかりました。失礼します」
少しふらつきながら出て行く調査員を見送ると、溜め息が出た。
「首を切り落としても暴れまわるか……」
まだ、そういう魔物は少ないが、増える可能性がある。
そして暴れまわる時間が延びる事も。
そうなれば、冒険者達の被害が増えるかもしれない。
「以前はマジックアイテムが原因だったな。今回もそうなのだろうか? 少し前に発動した魔法陣は関係ないのか?」
それを調べる為に、捨てられた大地の奥へ冒険者を向かわせなければならない。
……冒険者に被害が出るとわかっていても。