1155話 フレムの治療
1155話 フレムの治療
「ドルイド。木の魔物を、完全に燃やせるかしら?」
崩れ落ちた木の魔物を見て、ランカさんがお父さんに聞く。
「大丈夫だと思うが、穴の状態はそれほど良くないから、燃やしたら穴が崩れるかもしれない」
「そう。でもこのままにしておくのは駄目だと思うのよね。なんとなくこの腐敗臭を嗅いでいると、気分がどんどん滅入ってくる気がして」
ランカさんの説明に、ラットルアさんが頷く。
「ランカもか? 俺も、なんとなくさっきから変な気分になるんだ」
「全員、穴から少し離れよう」
ランカさんとラットルアさんの話を聞いて、お父さんが少し声を張り上げる。
「あれ? ソラ達は何処だろう?」
この場所に案内してくれたシエルもいない。
私は少し焦って皆を探す。
「あっ、いた。良かった」
シエル達は、穴から離れた場所で、こちらの様子を窺っていた。
鼻と口を覆っていた布を取りながらソラ達に近付くと、シエルが鼻をクンクンさせた。
「あっ、ごめん。くさいよね」
私はシエルに近付くのをやめて、服をちょっとパタパタと動かす。
これで臭いが消えるわけではないけれど、少しはましに……ならないか。
「にゃうん」
シエルが私を心配そうに見る。
それに笑って答える。
「大丈夫だよ」
私がそう言っても、なぜかシエルの表情が変わらない。
それを不思議に思いながら、ソラ達を見る。
「ソラ? フレム? ソル?」
ソラ達は、なぜかソワソワとせわしなく縦に揺れていた。
「どうしたの?」
「てりゅ」
フレムの鳴き声に視線を向けると、フレムは私ではなく私の後ろを見ていた。
「何?」
私は振り返ってフレムが何を見ているのか確かめる。
でも、視界に入ったのは、お父さん達が話し込んでいる姿だった。
「お父さんが気になるの?」
「……」
フレムからの返事はない。
「それならランカさん?」
「てっりゅりゅ~」
ランカさんが気になる?
そう言えば、さっきランカさんは「気分がどんどん滅入ってくる気がして」と言っていた。
もしかして治療が必要な状態なのかな?
「ランカさんには治療が必要なの?」
「てっりゅりゅ~」
「わかった。それじゃ、行こう」
「……」
私がフレムと一緒にランカさんの所へ行こうと言うが、フレムは一切動こうとしない。
「フレム?」
そう言えば、ソラ達はずいぶんと穴から離れた場所で待っていた。
もしかして、あの穴が危険だから?
「ランカさんをこっちに連れてきたほうがいいの?」
「てっりゅりゅ~」
「わかった。待っていて」
「にゃうん」
私が急いでランカさん達の所へ戻ろうとすると、シエルが私の服に噛みついた。
「シエル?」
「にゃうん」
シエルは、服から離れると、私が手に持っている布を前脚でチョンと触った。
「口と鼻を覆ったほうがいいの?」
「にゃうん」
さっきの腐敗臭に、何か原因があるのかもしれない。
「わかった。行ってくるね。待ってて」
私はシエルが言うように、布でもう一度口と鼻を覆おうと、ランカさんの所へ向かった。
「ランカさん。それにラットルアさんも一緒に来てください」
ラットルアさんも「変な気分になる」と言っていたからね。
「アイビー、何? 何処へ行けばいいの?」
ランカさんが不思議そうに私を見る。
「フレムが、ランカさんとラットルアさんを治療すると言っているの」
私の説明に、皆の視線がこちらに向く。
「フレムが、2人の治療が必要だと言ったのか?」
お父さんの問いに、私は頷く。
ラットルアさんは言ってないけど……。
「うん。実はラットルアさんは必要だと言っていないんだけど、さっき『変な気分になる』って言っていたから、必要かと思って」
「そうか。ランカ、ラットルア。行ってこい」
お父さんの言葉に、2人は神妙に頷くと私と一緒にフレムの所へ向かった。
「フレム、連れてきたよ。ラットルアさんも必要かと思ったんだけど、良かったかな?」
「てっりゅりゅ~」
私の言葉にフレムは満足そうに鳴く。
「フレムの反応から、俺にも治療が必要なんだな」
「うん」
ラットルアさんの言葉に頷くと、彼は穴のほうを見た。
「フレム。お願いね」
ランカさんは地面に膝をつくとフレムを見る。
「てっりゅりゅ~」
フレムはピョンとその場で一度跳びはねると、勢いよくランカさんの頭上に跳び上がり、頭を包み込んだ。
しゅわ~しゅわ~しゅわ~。
「治療だとわかっているけど、音だけ聞くと食べられている音だよな」
ラットルアさんの小さな呟きに、私は笑って頷く。
ピョン。
1分ほどすると、フレムがランカさんから離れる。
「ランカさん、気分はどう? 大丈夫?」
ランカさんは私の問いに、笑って頷くと、立ち上がって背を伸ばした。
「フレム、ありがとう。さっきまで感じていた不快なものがなくなったわ」
良かった。
フレムの治療が効いたみたい。
「次は俺だな。フレム、頼むな」
「てっりゅりゅ~」
フレムは、自慢げに1度鳴くと、ラットルアさんの頭上に跳び上がり、頭を包み込んだ。
ラットルアさんは、ランカさんより短く30秒ほどで治療が終わった。
「てっりゅりゅ~」
二人の治療が終わると、フレムが満足そうに鳴く。
ラットルアさんは、少し不思議そうに頭を振ると、私を見て笑った。
「もやもやした気持ちが消えたよ。ありがとう」
ラットルアさんの治療も無事に終わったみたいだ。
良かった。
「無事に終わったんだな」
シファルさんがランカさんとラットルアさんを見て、ホッとした表情をした。
「えぇ、気持ちが落ち着いたわ。それより、調べる時に注意してもらわないと駄目ね。報告の時に、詳しく話さないと被害が出そうだわ」
ランカさんが神妙な表情で言うと、ラットルアさんとシファルさんが頷いた。
「焼くぞ~」
お父さんの声に視線を向けると、お父さんは穴に向かって剣を振り下ろした。
次の瞬間、穴から火柱が上がる。
「ドルイド、威力が強い!」
シファルさんの焦った声に、私は心配になりお父さんを見つめる。
「悪い。でも穴の中だったから大丈夫だ。周りに被害は出ていない」
「ドルイド」
一緒に穴の中の様子を見ていたヌーガさんが、お父さんに穴の中を指す。
お父さんはそれを確かめると、険しい表情をした。
「どうしたの? 何かあったの?」
ランカさんの問いに、お父さんは片手をあげる。
「黒い石のような物が、木の魔物の燃えた後に残っているんだ」
お父さんの説明に、ランカさんが首を傾げる。
「黒い石のような物? 回収出来そうなら、冒険者ギルドへ持って行きたいわね」
ランカさんの言葉に、ヌーガさんは頷くと、マジックバッグから少し大きな樽を取り出し、穴に向かって傾けた。
何をするのか見ていると、樽から穴に向かって大量の水が流れ込んだ。
「水を出す樽?」
「まさか、あれがここで役に立つとは思わなかったな」
私が首を傾げていると、傍にいたシファルさんが笑って言う。
「どういう事?」
「あのマジックアイテムの樽。ヌーガがある商人に騙されて買った物なんだ」
「えっ、騙されて?」
ヌーガさんを騙した商人がいるの?
「若い頃だ!」
シファルさんの声が聞こえたのか、穴に水を注いでいるヌーガさんが声を張り上げる。
「あっ、若い頃なんだ」
経験豊富な今ならありえないけど、若い頃なら仕方ないよね。
「あれ? 樽から出る水は、飲み水として使えるなら役立ちそうだけど、どうして騙されたって言うの?」
森の中で水の確保が出来なかった時に、すごく役立ちそうだけどな。
「飲み水にはなる。ただし、あの樽、一度水を出すと、魔石の魔力を使い切るまで水が出続けるんだよ。しかも、はめ込む魔石は満タンじゃないと動かない」
「ぷっ、なるほど。確かにそれは役立ちそうだけど、厄介なマジックアイテムね」
シファルさんの説明に、ランカさんが笑う。
「確かに、水が出続けるのは厄介だね。あっ、もしかして『水が止まらない』という説明がなかったの?」
シファルさんを見ると、彼は笑って頷いた。
「初めて使った時は、皆で焦ったよ。全然水が止まらなくて。寝床も周辺も水浸しになって、予定を大きく変えないといけなくなったんだ」
それは、大変だっただろうな。
でも、その厄介なマジックアイテムを、ヌーガさんはどうしてずっと持っていたんだろう?
「『一度くらいは役に立ってくれないと悔しい』とヌーガは言っていたけど、まさか本当に役立つ時が来るとは」
シファルさんの呟きに、私はヌーガさんが今、少し満足そうな表情をしている理由に気付き笑った。