1159話 最後の確認
1159話 最後の確認
「それって私も?」
昨日の夕飯、食べる量はいつもと変わらなかったと思うけど。
あっ、でも、ドールさんは「皆、食べる量が少なかった」と言ったんだっけ……。
「アイビー様だけは、変わりありませんでしたよ」
後片付けをしていたドールさんが、私を見る。
「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」
つまり、私には影響がなかったという事なのかな?
「ぷ~?」
ソラが私を見て体を傾ける。
「ソラは、私に影響があったのかわからなかった?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
ソラだけではなく、フレムとソルもわからなかったんだ。
「ぷぷっ?」
ソラが心配そうな表情で私を見る。
「大丈夫。私には影響がなかったみたいだから」
食べる量も変わっていなかったという事は、影響はなかったと考えていいよね。
「でも、食べる量が気付かないうちに勝手に変わるってなんなんだろうな?」
お父さんの問いに、ランカさんが頷く。
「そうよね。原因となる物を作った者がいる筈だけど、何がしたかったのか、まったくわからないわ」
確かに、気付かないうちに食べる量を減らしても、それで何が起こるんだろう?
「なんだか、気持ち悪いわね」
ランカさんはそう言うと椅子から立ち上がる。
「気分転換に私も走ってくるわ。またあとでね」
「うん。行ってらっしゃい」
ランカさんに手を振ると、彼女は笑顔で食堂を出て行った。
「ドールさん、不安感や苛立ちを煽るような魔法陣やマジックアイテムの噂を知りませんか?」
お父さんの問いに、ドールさんは片づけの手を止め、考え込む。
「お父さんは、昨日の出来事は魔法陣かマジックアイテムが関係していると思っているの?」
「うん。魔法陣の可能性が高いと思っているけど、マジックアイテムもあり得るかもしれないと思っているんだ」
確かに魔法陣なら洗脳も出来てしまうのだから、感情に影響を与える事は出来るだろうな。
でもマジックアイテムはどうだろう?
「負の遺産」
ドールさんの呟きに、彼に視線を向ける。
「戦時中に作られたマジックアイテムの事ですか?」
お父さんが真剣な表情でドールさんを見る。
「はい、そうです。戦時中に作られたマジックアイテムの中に、不安感や苛立ちを抱かせるものではありませんが、感情を揺さぶるものがあります」
感情を揺さぶるマジックアイテム?
「敵が通る場所に仕掛けられた罠だった可能性が高いと聞きましたが、どのような形なのかは知りません。かなり前ですが、王都の近くで見つかったマジックアイテムの一つだったと思います」
王都の近くにそんな危険なマジックアイテムが仕掛けられていたんだ。
「そうですか。その情報は冒険者ギルドも持っているでしょうから、シファルがそのマジックアイテムの詳しい情報を聞いてくるかもしれませんね」
「そうですね」
私とお父さんが朝ご飯を食べ終わると、ドールさんは後片付けを再開した。
「アイビーはこれから弓の特訓か?」
「うん」
「今日はアイビーの特訓を見ていいか?」
お父さんの提案に、私は笑って頷く。
「もちろん。殺気がない状態で、前より当たる確率がずいぶんと上がったんだよ」
「シファルから、ここ最近、一気に上達したと聞いているよ。すごく頑張っていると感心していたんだ」
「そうだったんだ。そう言えば、お父さんは弓を使った事はあるの?」
「あぁ、あるぞ。師匠の教えだ。「何が起こるかわからないのだから、使える物は全て使えるように練習しておけ」ってな。だから俺は、片腕をなくす前は、全ての武器を使えたんだ」
全ての武器が使えるなんて、すごく羨ましいな。
「師匠さんの特訓はすごいんだろうね」
「すごいというか、無謀な指示を沢山出されたよ。今思い出しても、よく耐えたと自分をほめたい」
地下の訓練室に向かいながら、お父さんからこれまで使った事がある武器とその練習方法を聞く。
話のほとんどが、師匠さんの無茶ぶりだったのは面白かった。
私の特訓が始まると、お父さんは少し離れたところから、その様子を見ていた。
そして特訓が終わると、私の頭を優しく撫でる。
「すごい上達しているじゃないか」
「ありがとう」
シファルさんやお父さんに褒められるのはうれしいな。
「アイビー、少し話があるんだけどいいか?」
「どうしたの?」
使った弓の手入れをしていると、お父さんが真剣な表情で私を呼んだ。
「おそらく、捨てられた大地へ行く日が近付いていると思う」
「うん」
最近の捨てられた大地の様子から、私も行く日が近付いてきている気はした。
「もう一度確認する。本当に捨てられた大地へ行きたいか?」
「うん。私は絶対に捨てられた大地へ行って、木の魔物たちに何が起こるのか確かめたい」
そして、その原因を調べて、絶対に排除してみせる。
少し前までは、捨てられた大地へ行って、木の魔物に何が起こっているのか確かめたいと思っていた。
そして原因がわかれば対応しようと考えていた。
でも今は、木の魔物を狂わせる原因を必ず探しだして排除したいと、強く思っている。
だって、黒くなるまで魔法陣を無効化してくれる木の魔物が、狂って私達を襲うなんて悲しすぎる。
「わかった。いつでも捨てられた大地へ行けるように、万全の準備を始めようか。大量に料理も作らないといけないな」
お父さんは私の答えを聞くと静かに頷いた。
そして私を見て笑った。
「そうだね」
お父さんと一緒に、訓練室の後片付けをし、食堂へ戻る。
「そうだ、お父さん」
「なんだ?」
「いつもと違う風って何?」
食堂に行き、お父さんと私の分のお茶を淹れながら、気になっていた事をお父さんに聞く。
お父さんは、質問の内容がわからなかったのか、不思議そうに私を見た。
「ランカさんと『いつもと風が違う』と話していたでしょう?」
私の言葉に、お父さんが小さく「あぁ」と頷く。
「あれか……どう言えばいいかな」
お父さんの前にお茶を置き、私はお父さんの前の席に座る。
「別に風が本当に変わったというわけではなく、感覚的な物なんだ」
「感覚的?」
なんとなく「違う」と感じたって事?
ランカさんも一緒に?
「冒険者として経験を重ねていると、ある時からなんとなく『危険な風や空気』を感じる時があるんだ。別に風の中に血の匂いがしたわけではないし、争いの音が聞こえたわけでもない。ただ、なんとなくこれから何かが起こる。そんな風に感じるんだ。あの時、少し強い風が吹いただろう?」
「うん」
「その風に、俺はなんとなく嫌な感じがしたんだよ。そしてランカも俺と似たような感覚を覚えたんだと思う」
冒険社の直感みたいな物なのかな。
「冒険者として経験を積めば、誰でも感じられる物なの?」
「どうかな? 裏の仕事をある程度こなした冒険者の多くは感じられると思うが……」
「そうなんだ」
「うん。裏の仕事は『死』を感じる事が多いから、『危険』を感覚で捉えられるようになるんだと思う」
もしかしたら、その感覚のお陰で裏の仕事を無事にこなしてきたのかもしれないな。
でもそうなると、私がお父さんと同じ感覚を持とうとすると、裏の仕事をしていかないと駄目なのかな?
「アイビーには向かない仕事だと思うぞ。それに、裏の仕事の数は減っているだろうしな」
お父さんには私の考えがバレているみたい。
「どうして、裏の仕事が減っていると思うの?」
「裏の仕事の対象は、教会や教会と関わりのある貴族がほとんどだったからだ」
「あぁ、それだと減っているだろうね」
貴族が対象の裏の仕事は今もありそうだけど、そこまで多くは、ない……筈だよね。