1162話 急がなければ
1162話 急がなければ
―魔法陣研究所 クース主任視点―
第四研究所に向かっていると、ドンという音が聞こえた。
「爆発かー。場所は何処だ?」
「ちょうど向かっていた場所だと思います」
俺の補佐役の一人であるチョコラの言葉に頷くと、駆け足で音がしたほうへ向かう。
「第四研究所の1階奥の部屋から煙が出てます」
チョコラの言葉に第四研究所の建物に視線を向けると、実験を行う部屋の窓から白い煙が漏れ出ていた。
「大丈夫か?」
煙が出ていた部屋の扉を開けると、部屋の中から焦げ臭いにおいがした。
「大丈夫で~す。火は消しました~」
白い煙の中から元気な声が聞こえ安堵していると、腕に軽いやけどを負った30代の女性ストースが俺の傍に来た。
「おはようございま~す。お騒がせしました~」
笑っているストースの腕を見て、チョコラが顔を歪める。
「ストース、おはようなんて言っている場合か、すぐに治療をしないと」
チョコラの言葉に、ストースは自分の腕を見る。
「大丈夫だって、これぐらいならポーションを使えばすぐに治るじゃな~い」
ストースのあっけらかんとした態度に、チョコラが溜め息を吐く。
「何をしていたんだ?」
「新しく見つけた文字と絵を、どんな役目なのか調べる為に魔法陣に組み込んで弄り回していたんです。そうしたら急に『ボン』という音を立てて爆発するから驚きましたよ~。でも、組み合わせると危険になる文字と絵は、把握出来ました」
ストースの説明に、俺は頷く。
「そうか。ただ、弄り回していたのではなく、実験をしていたと言ったほうがいいぞー」
「まぁ、研究所らしく言えばそうですね。そうだ、主任に報告があったんですけど、部屋の中が真っ白で何も見えませんね~。書類は、何処だったかな……ちょっと窓を開けますね」
ストースは部屋を見渡すと肩を竦め、窓を開けに行く。
少しすると、部屋に充満していた白い煙が消えた。
「あった。これだ」
ストースが2枚の書類を俺に差し出す。
「組み合わせとしては、ちょっと不安定なんですが、クース主任が作ろうとしているマジックアイテムに使えそうな魔法陣を描いておきました。魔法陣には新たに見つかった複数の文字と、第四研究所が研究していた絵が使用されています。1枚目は、使用した文字と絵についての説明です。赤い丸で囲ってある文字と絵が、描いた魔法陣の重要な部分です」
ストースの説明を聞きながら、俺は1枚の書類を読む。
「魔力の流れを一定にする絵と、その絵を発動させる為の文字を組み込んだのか」
「はい。その絵は、その文字でしか発動しませんでした。あと魔力の流れを一定にする絵は、他の魔法陣では使えません。他の文字と相性がすごく悪いんです。それと今回の魔法陣には、第二研究所が研究していた文字を使いました。青い丸で囲った文字です」
ストースの説明に、青い丸で囲った文字を見る。
「これ……文字だったのか? 絵に見えるんだけどなー」
文字より絵に近いので、俺は首を傾げる。
隣にいるチョコラも、書類を見て不思議そうな表情を浮かべた。
「第二研究所の研究者達が突き止めたんですけど、鳥の頭みたいですけど、文字に分類されるみたいです。ずっと絵だと思っていたので使い方が間違っていたんですよ。そのせいで魔法陣が動かなかったり、暴走したりしたんでしょうね~」
「そうだったのか」
昔の文字は難しいな。
ある程度は解明されているが、それでもまだわかっていない文字が多数ある。
「ストース。今回描いた魔法陣は、クース主任が作ろうとしているどちらのマジックアイテムに利用できそうなんだ?」
「結界のほうです。魔力をかなり必要としますが、結界の外からは人の姿が見えず、魔力や気配も完全に漏らさないので、魔物から姿を隠せます。ただ、負の遺産に影響を受けた魔物に効果があるのかは不明です。ここでは、その実験は出来ませんので。あと、ある程度ですが攻撃も防げます」
ストースの言葉に、俺は2枚目の書類を確認する。
そこには、あと2文字組み込めば完成する魔法陣が描かれていた。
「これが結界を作る魔法陣かー」
魔法陣を組み込んだマジックアイテムで作った結界が、負の遺産の影響で凶暴化した魔物に効果があれば、捨てられた大地の奥へ足を踏み入れる事が出来るかもしれない。
「ただし、その魔法陣では移動しながら結界を発動させるのは無理でした」
ストースの言葉に、少しだけ残念に思う。
でも、捨てられた大地に入って、一番の悩みは休憩場所だ。
何処から来るかわからない魔物を、24時間警戒し続けるのは、どんなに鍛錬を積んだ冒険者でもすぐに限界を迎える。
だから、捨てられた大地の中でもゆっくり休憩出来る場所を確保出来ればと思っていた。
「その魔法陣を組み込んだマジックアイテムが本当に使えるなら、捨てられた大地の奥に拠点を作る事が出来ますね。拠点を少しずつ捨てられた大地の奥へ移せば、捨てられた大地の奥を調べる事も出来るのではないですか?」
ストースの説明を聞いたチョコラが、期待に満ちた目で魔法陣が描かれている書類を見る。
「うなくいけば、そうだなー」
「あともう一つのほうのマジックアイテムですが、第2研究所が使える文字を見つけたかもしれないと騒いでいましたよ」
「そうなのか?」
俺のほうにはまだ報告が届いていないという事は、まだ可能性の段階なのだろう。
これから実験を繰り返して、本当に使える文字か絵なのか確認する筈だ。
「はい。そうだ、負の遺産が見つかったそうですね。どうだったんですか?」
ストースの興味津々の表情に、チョコラが溜め息を吐く。
「調べている途中で爆発しました」
「やっぱり爆発したんですか~。記録に残っていた通りって事ですね」
チョコラの言葉に、ストースが残念そうな表情をする。
「だが、少しだけわかった事があるぞー」
俺の言葉に、ストースが俺を見る。
「手で握れるほどの大きさだが、内側には魔法陣が複数あったそうだ。そのうちの1つを、少しだけ確認する事が出来たんだ」
「そうなんですか? 特徴は?」
俺の説明に、ストースが前のめりになる。
「文字と文字が重なっていた」
「はっ?」
俺の言葉に、ストースは意味がわからなかったのか首を傾げる。
「つまり、2つの文字を重ね合わせて魔法陣に使用しているようなんだ。魔法陣を確認した研究員が、見た物をそのまま書き出してくれたんだが、どう見てもそう見えた」
「嘘でしょ~」
文字と文字を重ね合わせて魔法陣に組み込むなんて、今まで魔法陣では見た事がない為、ストースは驚いた声を上げた。
チョコラには既に話してあったが、今も複雑な表情をしている。
「確認できた魔法陣を描いた書類は、第一研究所にある。ストースなら見ても問題ないだろうから、確認して何か気づいた事があったら教えて欲しい」
俺の言葉に、ストースは真剣な表情で頷く。
「わかりました。でも、文字と文字を重ねるなんて……文字の組み合わせでも不安定になって危険なのに……。昔の人って、頭が良いですよね」
ストースの呟きに、チョコラは首を横に振る。
「頭が良かったら、負の遺産なんて作りません。あんな、制御出来ない物を作るなんて……」
チョコラは、大切な家族を戦時中に作られた魔法陣が急に発動したせいで亡くしているからな。
「それは……」
ストースもチョコラの事情を知っている為に口をつぐむ。
「チョコラー」
「はい」
俺の呼び掛けに、チョコラが視線を向ける。
「この実験で忙しくなるから、急ごうかー」
ストースから受け取った書類を見せながらチョコラに言うと、彼は真剣な表情で頷いた。
「そうですね。一日でも早く、それを完成させないと駄目でしょうから」
フォロンダ公爵は、捨てられた大地から溢れる魔物への対応に限界を感じている。
そうなると、王都を捨てない以上、無理をしてでも、原因となっている魔法陣を無効化する決断を下さなければならなくなる。
それがどれだけ無謀な事だとわかっていても、だ。
「何としても、間に合わせなければな。あれ? ストース」
「なんですか?」
俺の問いに、ストースは不思議そうな表情をする。
「他の研究員はどうしたんだ?」
実験は必ず2人以上で行うように言っておいた筈だが。
「あぁ。2人とも魔法陣に魅入られそうだったので、家族の元に帰しました。当分はお休みです」
やはり、魔法陣に関する情報が増えると、魅入られる者が出てしまうな。
仲間を守りたいが、今は……。
「そうか。ストースは大丈夫か? あと、心配だから実験は2人以上で行ってくれ」
「わかりました。私は今のところ大丈夫ですよ。我が子の顔を見に、1日に1回は帰っているので。帰らなくなったら、迎えに来てもらう事になってま~す」