1168話 準備は出来た
1168話 準備は出来た
「ランカ」
「何?」
魔石を見つめていたランカさんは、名前を呼んだお父さんへ視線を向ける。
「冒険者ギルドへ様子を見に行っていたんだろう? どんな感じだった?」
お父さんの問いに、ランカさんは魔石をシファルさんに返し、お父さんに視線を向けた。
「あちこちから集まってくる冒険者達の対応に、ギルド職員は追われていたわ。捨てられた大地については、冒険者ギルドの掲示板に、現状や暴走している魔物について詳しく書かれたものが貼られていたから、もう隠す必要もなくなったみたいね。冒険者ギルドに来ていた冒険者達が、その情報を確認しながら、他の冒険者達と意見交換していてかなりにぎやかだったわ」
「そうか。捨てられた大地の状態は?」
「シャーシャさんから直接話を聞けたんだけど、少し前に大きな魔法陣が発動したみたい。その魔法陣の影響を受けて周辺のマジックアイテムが動き出した。そして、2日前にも、別の魔法陣が発動したかもしれないそうなの。彼女の話では、今日か、明日には2つ目の魔法陣の周辺にあるマジックアイテムが動き始めるだろうって。と言っても、この2つ目の魔法陣については、まだ確定はしていないみたい」
ランカさんの説明に、皆の表情が険しくなる。
「でも、シャーシャさんがそう話しているという事は、2つ目の魔法陣が発動した可能性は高いのだろう?」
シファルさんの問いに、ランカさんが頷く。
「うん。これはシャーシャさんの予想なんだけど、明日には招集が掛かるかもしれないそうよ」
ジナルさんが教えてくれた2週間より、少し早まるのか。
準備は全て終えたから大丈夫だけど、明日と言われると不安になるな。
「明日か。皆、準備は?」
ランカさんの説明を聞き、シファルさんが全員を見渡す。
「大丈夫、準備は終わっている」
ヌーガさんの言葉に、ラットルアさんが頷く。
「俺も、問題ない」
「俺もアイビーも、大丈夫だ」
お父さんの言葉に私が頷くと、シファルさんが私に視線を向けた。
「アイビー、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
シファルさんの問いに、少しぎこちない笑顔で答えると、彼は1度頷いた。
「無理はしないようにな。ランカは?」
「大丈夫よ。いつでも行けるようにしておいたから。シファルは?」
ランカさんの問いに、シファルさんが頷く。
「俺も問題はない。今日は……何処かに食べに行こうか」
シファルさんが急に話を変えたので、私は少し驚く。
「そうね。ドールさんもフォリーさんも忙しそうだもんね」
ランカさんの言葉に、ドールさん達を思い出す。
確かに朝から2人とも忙しそうにしていた。
「ドールさん達は何をしているんだろう?」
「ん~、おそらくあちこちから入ってくる情報の精査や、部下への指示でしょうね。それと、これからの事を見据えた準備じゃないかしらね」
私の問いに、ランカさんが少し声を潜めて言う。
情報の精査や部下への指示……。
「ドールさん達は、ここ以外の仕事があったんだね」
おそらく裏の仕事かな。
あっ、だから王都の出来事を良く知っていたのか。
「裏からは引退したとは言っていたけど、彼らほどの実力があれば、なかなか辞められないと思うわ。何かあれば頼られるだろうし。それに今も、王城内に仲間を潜り込ませていると思うわよ」
「えっ、そうなの?」
ランカさんの言葉に驚くと、彼女は意味深に笑って見せた。
「うん、絶対にドールさん達が送り込んだ者がいるわよ。ねっ!」
ランカさんがシファルさん達に視線を送ると、シファルさん達も無言で頷いた。
「ところでアイビー」
「はい」
ラットルアさんの呼び掛けに視線を向けると、彼は私を見て笑った。
「何が食べたい? 今日はどの店もお得に食べられると思うぞ」
「えっ?」
今日はどの店もお得に?
それって……。
「お店の人達からの応援だな」
お父さんの言葉に、私は頷く。
やっぱりそうか。
「店の混みぐあいを見てから決めようよ。きっと、どの店も混んでいると思うから」
私の言葉に、皆が頷く。
「それはあるわね。えっと、やだ。そろそろ夕飯の時間じゃない。急ぎましょう」
ランカさんの言葉に、皆が立ち上がり、夕飯を食べに大通りへと向かった。
大通りへ向かっていると、にぎやかな声が聞こえてきた。
「今日は一段とにぎやかね。ソラ達ははぐれないように気を付けてね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
ランカさんの言葉に、ソラ達が元気に答える。
3匹の返事を聞いて、お父さんはシエルの上に乗っているソラ達を見た。
「大丈夫だろう」
うん、きっと大丈夫だと思う。
「ここまで声が聞こえてくるのは初めてだね」
まだ大通りまで距離があるのに、人の声が聞こえてくる。
今までになかった事なので、少し不思議に感じた。
「騒いでいる者がいるのかもな」
お父さんが少し嫌そうに言うと、ランカさんが苦笑した。
「今日は諦めるしかないわね。それにしても、太鼓の音や笛の音まで聞こえてくるわね」
ランカさんの言葉に、お父さんが溜め息を吐く。
「まぁ、騒ぎたくなる気持ちもわかるからな」
「そうだな」
お父さんの呟きに、ヌーガさんが頷く。
「王都を移動出来れば、もう少し準備期間があったのにね」
ランカさんの呟きに、お父さんが少し考え込む。
「王都が崩壊するかもしれないという状況なのに、全くその話が出なかったという事は、移動出来ない事情があるんだろう」
お父さんの言葉に、ランカさんが肩を竦める。
「きっとそうね。そうでなければ、捨てられた大地の異常に気付いた時点で、王都を移動させようという声が上がる筈だわ」
王都を移動させる事なんて、考えた事もなかったな。
「うわぁ~。本当にすごい人だな」
大通りが見えてくると、ラットルアさんが声を上げた。
彼の視線の先を見ると、大通りには沢山の人がいた。
「すごいな。王都の住民もいるが、ほとんど冒険者じゃないか」
シファルさんが驚いた表情で呟くと、ヌーガさんも頷いた。
「集まっているとは聞いていたが、本当に沢山来てくれたんだな。どうやらテイマー達もいるらしい」
大通りには、王都内では見なかった魔物が歩いていた。
おそらく他の町や村にいたテイマーが、王都に来てくれたのだろう。
大通りを皆で歩くと、シエルに視線が集まる。
王都にいる冒険者達は、今は、もうジッと見つめてくる事はなくなった。
けれど、他の所から来た冒険者達にとって、シエルは珍しいのだろう。
「シエル、大丈夫?」
「にゃうん」
シエルが私の問いに返事をすると、周りから小さな声が上がる。
その反応にお父さんが小さく笑う。
「数ヶ月前のようだな」
「そうだね」
シエルを隠さなくなった時のような反応に、私もちょっと笑ってしまう。
「あれ? アイビーちゃん、こっちこっち」
私を呼ぶ声に足を止め、周りを見渡す。
「アイビー、右の店だ」
お父さんの視線の先を見ると、私に向かって両手を振っているミンガさんの姿があった。
「ミンガさん」
森の整備で一緒に仕事をした『剛』チームのリーダー、ミンガさんが、私を手招きする。
「夕飯がまだだったら一緒にどうですか?」
ミンガさんの提案に、私はお父さんを見る。
「どうする?」
「俺は別に構わないけど、ランカ達はどうだ?」
お父さんがランカさん達を見ると、ランカさんがうれしそうに頷いた。
「あの店は、おいしいお酒が沢山あるの。しかもちょっと濃いめに作ってくれるから大好きなのよ。行きましょう」
「おい、ランカ」
ランカさんがうれしそうにミンガさん達の所へ行こうとすると、シファルさんが彼女に声を掛ける。
「何よ」
「明日、招集が掛かる可能性がある事を忘れるなよ」
シファルさんの言葉に、ランカさんはハッとした表情をする。
「あぁ~、そうだった。お酒を目の前にして、忘れていたわ」
ものすごく残念そうに呟くランカさんに、シファルさんが呆れた表情をする。
「まぁ、少しぐらいは飲めますよ」
ミンガさんの言葉にランカさんは頷くと、ミンガさんと一緒にいた彼の仲間に声を掛けた。
「久しぶり。参加させてもらって大丈夫?」
「もちろん。どうぞ。あぁ~、今日も可愛い」
ハグルさんはランカさんに椅子を勧め、ソラ達を見つけると、うれしそうに笑った。